膳夜行
楽しい楽しい夕食の時間。
「あのさ、帝人君…」
「はい?」
お膳に並ぶ帝人君の手料理。
お膳の上の朱塗りの椀からは、ほわほわと暖かそうな湯気が立っている。
「俺のことさ…」
「はい」
その椀の中身を見て、今まで言おうかどうしようか迷っていた疑問をついに口に出してみた。
「あのね、俺…狐じゃないよ?」
「あぁ……………えええぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
―――そんな開いたら目が零れちゃうよ帝人君。
「…やっぱり」
「えっ!だっ、だって甘ら…臨也さん管狐だし!そ、それにご自分でも時々狐の容をとってるじゃないですか!」
向かいの膳に座っていた帝人君は、ビックリして膝立ちになってしまったままアワアワしている。つるんとしたおでこも細い項も赤く染まって、ただでさえ童顔なのにより幼く見えてしまう。
本人が気にしているので口には出さないが、どうしても思ってしまう。
――むぅ、カワイイ…。
確かに俺は”管狐”である。が、狐とは違う。
狐の絵の書かれた文献もあるが、それは妖を見ることも出来ない人間が勝手に想像を膨らまして作り上げたもので実際はそんなじゃない。所によっては“飯綱”とか“天狗の遣い”(遣われてやる気もないが)とか色んな名前で呼ばれるし、狐に変化するのは帝人がイメージしやすいと思ったからだ。――実際、反応もよかったし。
「うん、まぁそうなんだけどね。でもお稲荷さんじゃないんだから、お揚げしか食べないって訳じゃないんだよ?」
「うぅ、ごめんなさい。てっきりお好きなんだと思って…あの、作り直しますね?」
二人のお膳に並ぶお揚げ料理の数々。全部、帝人君のお手製だ。
お揚げの煮びたしや、お揚げの吸い物。お揚げの胡麻よごしにお揚げの焼き物、甘辛く煮たお稲荷さんまである。バリエーションは様々なれど、俺が帝人君のところに来てからお揚げがメインの手料理がずっと続いていたのだ。
れっきとした貴族の子息である帝人君は、訳あって庶民に紛れて暮らしていた。
そこに使用人任せの生活などあるはずもなく、身の回りのことは自分でこなすしかない。幼い頃から自然と叩き込まれた数々の生活の知恵。
元服を機に晴れて貴族の身分を取り戻した今でも、使用人の類は置かずにいるのはその方が気楽でいいらしい。
繕い物や、料理だってうまいものだ。
しゅん、としてしまった帝人君をごまかそうと指でつまんだお稲荷さんを一口で頬張る。
「ダイジョブだよ~、帝人君の作った料理はどれもおいしいから平気。でもたまにはお肉とかお魚なんかも食べたいかなぁ」
もぎゅもぎゅ、口を動かしながら明日のおねだりをしてみる。
飲み込んだ後にぺろりと指を舐めれば、その子供っぽい仕草に俯いてしまっていた帝人君が小さく笑った。
「じゃあ明日はゴチソウニしますね?臨也さんは何が好きなんですか」
「味噌あじが好き。味噌ダレの焼き鳥とかすんごい好き!」
「あっ、それは僕も好きです。」
共通の好みを新しく発見した帝人君が、嬉しそうに顔を上げる。
『見た目がよければ味なんてどうだっていい』というお目出度い貴族どもの馬鹿げた風習は、幸いな事に帝人君には備わってない。
ちゃんと温かい料理が出てくるし、野菜や魚、茸や鶏肉など使う食材も様々だ。
「よし、明日は奮発しよう。焼き鳥のほかにお酒なんかも用意しましょうか!」
帝人君もお揚げ料理の限界を感じていたのだろう。久しぶりに使う食材を頭に描いてホクホク顔になっている。
浮上してきた帝人君に、ほっと息が洩れる。
「申し訳ないんですけど、今日は我慢してくださね」
「ダイジョブ、ダイジョブ。問題なし!」
うん、やっぱり帝人君は笑ってたほうが可愛いな。
「それじゃ、改めまして」
両手を合わせて――。
「「いただきます!」」