いってらっしゃい、またアイましょう
二人揃ってマンションを出た。夜が明けて間もない外の空気は肌を刺すように冷たい。
静雄の自宅からてくてくと駅に向かってひたすら歩く。
繋いだ手は離さない。寒さに負けないよう互いの体温を分け合うように、より一層ぎゅっと強く握った。
始発間近の時間帯だが、珍しく二人の他に人影は見えない。
(世界中に二人だけみたいだ)ドラマや小説にありそうな台詞だと思いながらも浮かんだ言葉に、帝人はくすりと笑みを漏らした。
「どうかしたか」
「何でもありません」
軽く立ち止り問いかける彼に返事をする。軽く答えた帝人を一瞥して、静雄は再び手を引き歩きだした。
薄く陽が昇ってきた空の光に静雄の金髪がきらきらと光って見える。その耳元でちらりと青い光が反射した。
自分の手を引き歩く彼の後ろ頭を眺めながら、反対側の手で帝人は自分の耳元にそっと触れた。
きらきらと揃いの青い光が帝人の耳元で煌めいた。
『ピアス?』
『はい、お揃いでどうかなって。こういうの嫌いですか?』
『いや…帝人と一緒なら、まぁいいか』
『もう、静雄さんは…どんなデザインが好きです?初めはあんまりいろんな種類できないですけど、ゴールド、シルバー、宝石もありますね』
『…じゃあこれがいいな、お前の―』
「帝人?」
「っはい!」
「…もうすぐ着くぞ」
かけられた声に周りを見渡せば、前方に池袋駅が見える。
(もうすぐだ)
迫りくる時間に頭が空っぽになっていく。
(これ以上は、ダメだ)
「ここでいいです、静雄さん」
交差点の手前で静雄に話しかけた。ピタリと歩みを止めた彼は繋いだ手を離し、ゆっくり振り返る。
うつ向き気味でこちらを見てくるその表情は、登り始めた太陽の逆光でよく見えない。また、静雄の耳元のピアスが光った気がした。
「もう、ここで。お別れです」
表情が崩れないように気をつけながら必死に微笑んだ。
最後は笑顔で。そう決めたのは帝人だ。
「行きますね」
肩にかけた鞄を担ぎなおし、彼の横を通り抜けようとする。
(さようなら)
どうしても、口にできなかったそれをすれ違いざまに彼に心の中で呟いた。
「帝人っ!」
叫ばれた名前に思わず振り向く。
静雄の声に逆らえなくて高い位置にある彼の顔を見上げた。悲しそうに目じりを下げながら、彼は笑っていた。
(ダメだ、涙が)
その笑顔に何も言えず硬直する帝人から視線を外さず、静雄は耳に光るピアスに手を触れた。
「ずっと」
「っ」
『…じゃあこれがいいな、お前の 瞳の色だ 』
愛しげに触れるその手つきが、あの時の言葉を思い出させる。
「ずっと、一緒だ。だから」
堪え切れず零れ落ちた涙を拭うこともせず、帝人は静雄の言葉を待った。
「いってこい」
(またここに、俺のところに戻ってこい)
柔らかに繰り出されたその一言が、優しげに微笑んでくるその表情が、静雄の想いを帝人に伝えてくれた。
涙を拭って帝人も呟く。
「はい…いってきます」
最後は笑顔で。
泣いたせいでぐちゃぐちゃでみっともないけれど、さっきよりは素直に笑えた気がした。
【いってらっしゃい、またアイましょう】
彼の側が、僕の帰る場所だ
作品名:いってらっしゃい、またアイましょう 作家名:セイカ