好きと嫌いの確認法
「先生、困っていましたよ?」
責めるというよりは、温かみのある呆れを多分に含んだ声音で、エーリッヒは机上のノートをとんとんと揃えている。
もう二人以外の誰も残らない教室で、ぞんざいに荷物をかばんに放り込んで、シュミットは肩を竦めた。
「自業自得だ」
理不尽な要求を突き付けてくる輩、というのは、どうやら万国共通、どこにでも存在するものらしい。
シュミットの不遜とも言える態度が鼻にでもついたのか、やたらと規格外の質問を投げかけてくるとある教師に、逆に難問をふっかけてやりこめたのは、つい先程の授業で。
理不尽なもの、自身に納得のいかないものには決して膝を折らない矜持の強さは、シュミットの自負の一つでもある。
そういった芯の強さととっていうのなら、実はこのエーリッヒも相当なものなのだが、若干彼の方が周囲に対する当たりが柔らかいためか、敵は作りにくいらしい。
誰からも好意的に見られる幼馴染みが自慢でもあり、少々の嫉妬の種でもあるのだが。
…そういえばこの間も、嬉しそうに顔を紅潮させてエーリッヒにまとわりつく2軍の連中を発見して追い払ったのは、記憶に新しい。
エーリッヒの面倒見の良さはまぎれもなく美点だが、余計な虫がつくとなると、それも時々は考えもので、
ふん、と、自分の思考に顎を上げて腕を組むと、何を勘違いしたものか、エーリッヒが溜め息を吐いた。
「"ふてぶてしい態度"って、それですよ」
いっそ尊敬します、と、今度はエーリッヒが肩を竦めた。
その"ふてぶてしい"とは、先程シュミットにやり込められた教師の、シュミットに対する修辞である。
あえてそうしているわけでもないのだが、周りが勝手にそうとるのだから仕方がない、と、シュミットは思っている。
が、エーリッヒはそれを少々心配しているきらいがある。
そういう心配をかけられるのも自分だけの特権だとは思っているのだが、
「嫌いか?」
それを含めてシュミットだと重々分かっているはずのエーリッヒが、今更どうこう言って自分を嫌うはずはない。
分かった上で、シュミットは挑戦的に首を傾ける。
「…さあ? どうでしょう」
呆れた顔にはぐらかされて、シュミットは腕を解いた。
「素直じゃないな?」
一歩近づけば、表情に笑顔が増す。
素直じゃないのは、とエーリッヒもまた、挑戦的に微笑みを乗せる。
「嫌いですか?」
嫌いなわけがない。
エーリッヒさえいれば何もいらないと豪語できる程度には、好意をもっているのだ、昔から。
しかし、口に乗せてはそうは言わない。
「…どうだろうな? ………確かめてみるか?」
「どうやって?」
どうやって?
そんなもの、お互いの気持ちなんて、言葉でなくとも、
「こうやって、だ」
ただ、触れれば、分かる。
手を伸ばして、自分よりも少し背の高い体を腕の中に収めると、くすくすと笑う声。
「わかったか?」
「そうですね、まあ、少しは」
「少しだけか?」
「どうでしょうね、もう少しこうしていたら、」
分かるかもしれませんねと、肩口に乗せられる重み。
幸せなそれを、もう少し、と言われるまでもなく、シュミットも離すつもりはない。
そうして伝わる温もりが十分に行き来するまで、教室の片隅の二つの影は離れることはなかったのだった。
* 2010.12.14 ゆたかさん、お誕生日おめでとうございます!! *