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My Dear Clown 01 【コミケ79 サンプル2】

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ジョーカーは特に森という場所が好きなわけではない。ならば何故いつも森にいるのかといえば、人込みが嫌いだからだ。単純に人の波を掻き分けて歩くのが面倒だという理由でもあるし、顔見知りに出会うのが煩わしいという理由もある。迂闊に役持ち連中と顔を合わせ、エイプリル・シーズンはとうに終わっているのに未だこの場に留まっている理由を尋ねられでもしたら面白くない展開になる。
 その点、森はいい。人通りは多くないし人間の気配を感じたら遠ざかればいいだけの話だ。大抵はそうやって上手くやってきた。役持ちたちならばともかく、顔なしのカードくらいなら相手の気配などすぐに分かる。

 役持ちでも顔なしでもない、イレギュラーな人間のことも。

 木の枝に腰掛けて何となく空を眺めていたジョーカーは、一つの足音が自分の方へと近づいてくることに気付いていた。ジョーカーがいるのはそれほど見通しがいい場所ではないが、地上からでも少し上を向いて辺りを見渡せばすぐに分かるくらいの状況ではある。最近、どうもジョーカーを探すことに慣れてきたらしい彼女なら見つけることは容易い。
 それを分かっていながら、ジョーカーはその場を動こうとはしない。人込みも弱い連中も面倒な奴らも嫌っているものの、決して人間自体が嫌いなわけではないのだ。中には気に入っている相手もいる。そして、今ようやくジョーカーの眼下にまで辿り着いた少女は、そういった数少ない人間の一人だった。

「ジョーカー!」
「よお。相変わらず暇そうだな、お嬢ちゃん」

 背伸びして手を振ってくるアリスに皮肉げな笑みで応じ、ジョーカーは身を起こした。まだ枝からは下りないままでアリスを眺める。見慣れた顔だ。かつて監獄で顔を合わせた頃の警戒はもうアリスからは感じられない。
 危なっかしい奴だ、とジョーカーは思う。見知らぬ他人に対してや誰かと親しくなることについては人一倍予防線を張るくせに、一度気を許してしまうと途端にガードが甘くなる。他人に付け込まれやすいタイプの人間だ。典型的と言ってもいい。或いは、付け込みたくなるタイプの。
 アリスは自分の感じている親密さがただの思い込みではないかとは考えないのだろうかと、首を捻ったこともある。結論は「考えてないんだろうな」だった。大人びているようでそういうところが抜けている。だから目が離せないとつい思ってしまうのだろう。様子を確認するという意味で、アリスとの会話はジョーカーにとって決して不快なものではない。
 アリスは両手を筒の形に曲げて口元に当てた。声を張り上げてジョーカーに問いかける。

「ねえ。あなた、今手は空いてるわよね?」
「あ? 喧嘩売ってんのか、お前」

 ジョーカーはアリスの問いに眉を顰めた。軽やかな挙措で枝から飛び降り、半眼でアリスを睨みつける。唐突に目前に人が現れたことでアリスは思わず蹈鞴を踏んだ。数歩後ろに下がったところでようやくバランスを取り戻す。
 手が空いてるも何も、今のジョーカーにすべきことや出来ることなどない。語弊はあるかもしれないが謂わば無職のようなものだ。今になって当てつけかよ、とジョーカーは眉を寄せてアリスを見下ろす。

「仕事がねぇんだから仕方ないだろ。今更何なんだ」
「ああ、別に責めてるわけじゃないのよ。ちょっと用があって、手伝ってほしいだけ」

 アリスは顔の前でひらひらと手を振った。何となく毒気は抜かれてしまったものの、また別の問題が浮上していた。ジョーカーは目を眇めてアリスの言動を咎めた。

「手伝いだぁ? 何で俺が……」
「たまにはいいじゃない。前にセクハラした分の借りくらい返してくれてもいいでしょ?」
「…………?」

 アリスは唇を尖らせて抗弁してきたが、ジョーカーには全く心当たりがなかった。しかしこの様子では嘘やでまかせではあるまいと朧げな記憶を探る。程なくしてジョーカーは一つの出来事を思い出し、ポンと手を打った。少し前、森のどこかの小川で。ジョーカーが口にした些細な揶揄にアリスがやたらと腹を立てていた。

「ああ、あれか。まだ根に持ってたのかよ」
「……あなたに反省なんて求めないけど……。デリカシーないにも程があると思うわ」

 大袈裟なほどの所作でアリスは肩を竦めて溜息をついた。何となく馬鹿にされた気分になったジョーカーが反論しようとした瞬間、突然手首を掴まれてジョーカーはぎょっとした。思わぬ出来事に不覚にも反応が遅れてしまう。その間にアリスはさっさと歩き出してしまっていた。勿論ジョーカーの手は掴んだままだ。自然、ジョーカーも覚束ない足取りでアリスを追うように歩き始めざるを得ない。

「いいから、ついて来て」
「っ……おい待て、俺は承諾してねぇぞ! こら、走んな! ……くそっ、聞いてんのかてめぇ!」

 叫んでも返答はなく楽しげな笑い声が返ってくるばかり。ちょっと前に似たような――しかし立場は逆の――構図があったような気がすると感じながらもジョーカーは怒鳴り続けた。
 まあ無駄なんだろうな、と心のどこかでは諦めつつ。