崖っぷちの愛
崖っぷちの愛
「ほんと、あんたたちってば仲良いわねえ」
時には微笑ましそうに、時には呆れ顔で、さらに時には拗ねた顔で。
あれ以来、陣内家のほぼ全員からそんなことを言われるのが当たり前になる程には、佳主馬は健二にべったりとくっついて歩いている。
健二も健二で、佳主馬がいつもすぐ側にいることに疑問を抱いている様子は見られない。それどころかふやーっとした笑顔を向けて嬉しそうにしているし、佳主馬が健二の背中にもたれかかっていようが、いつの間にか膝の上に乗っていようが、照れた様子は見せているものの平然としている。
(……これは、やっぱり)
べつに慌ててほしいわけではないが、どう考えても恋愛脳が欠如しているとわかっている相手にここまで堂々とされていると、やはり疑念が沸いてくるわけだ。
(健二さん、絶対、わかってない)
あの、今思い出しても頭を抱えたくなる、あのどうしようもなくぐだぐだだった佳主馬の、それでも必死だった告白を。
健二が、本当の意味で理解しているのかどうか、を。
「ずるい」
「夏希姉ぇ?」
そして、今。
畳の上でうたた寝をしている健二の太ももあたりを枕にして、やはり自身も寝っ転がったままノートパソコンをいじっていた佳主馬の上から、なんだか拗ねたような声が降ってきた。
「佳主馬ばっかり、ずるい」
「……なに」
目線だけ動かしてみれば、夏希が腰に手を当てた状態で、しかもジト目で佳主馬を見下ろしている。その顔に浮かぶ表情は、不満でいっぱいだ。
詳細は、聞かなくてもわかった。
「佳主馬ばっかり健二くん独り占めして、ずるいー!」
「……努力の成果だし」
夏希の抗議を一言で斬って捨てて、佳主馬はパソコンのディスプレイへと視線を戻す。スポンサー相手の面倒なメール処理など、健二が寝ている間に終わらせてしまいたい。健二が起きたら、ちゃんともう一度問いたださなければならないことがあるのだから。(両思いになれたなんて、思ってないけど)
さすがに、佳主馬もそこまで夢見がちじゃない。
とりあえず、拒絶されなかっただけでも夢を見ているに等しいのだ。しかも、もうちょっとやりようがあっただろうと自分自身につっこみたいあの醜態の後、健二はあきらかに佳主のことを最優先にしてくれるようになった。この、陣内家において。
本当に、もっと手練手管に長けた人なら──それこそ、せめて夏希くらいの年齢に達していれば──もう少し上手にコトを運べただろうけれど。でも、あの時の佳主馬の精一杯──半分くらいは自分でもどうしようもなかった暴走──は、少なくとも健二にそれだけの影響は与えることができたのだ。
これを、努力の成果と言わずしてなんという。
「もう! こうなったら健二くん連れて、さっさと東京帰っちゃおうかな……!」
「…………」
──その努力の成果を粉砕する夏希の爆弾発言を耳にして、一瞬佳主馬の手が止まった。
「東京でなら、他の誰にも邪魔されないし」
「…………」
そう、健二が東京に帰ってしまえば、佳主馬の使える手は半分以下に減ってしまう。
佳主馬の家は、名古屋だ。東京と名古屋、中学生には障害としかなりえない距離だった。問題は、交通費などではない。マメに東京へ行く用事など作りようのない、自分の立場だ。
「……それ、真悟たちが黙ってないと思うけど」
「言わなきゃバレないもん」
ディスプレイへと視線をやったまま、キーを打ちながらそう口にした佳主馬の心中に、夏希が気づいた様子はない。
起死回生の思いつきに、夏希はご満悦のようだ。うきうきと、軽い足取りで縁側を歩いていく。ここで佳主馬を強引にどかして健二を独り占めしようとはしないあたり、夏希も育ちがいいというかなんというか、ツメが甘いというか。
「……甘いよ、夏希姉ぇ」
その後ろ姿を見送って、佳主馬はぽつりと呟いた。
そう、甘い。
使えるものは、なんでも使う。自分が健二より年下であることも、身体が小さいことも、キング・カズマの使い手であることも、なんでも。
それに比べれば。
文句ひとつ言わず遊んでくれる健二へと懐いている年下の又従兄弟たちに、こっそり今の話を告げ口することなど……じつに、簡単なことなのだから。
「ユカイハン、つれてかえっちゃだめー!」
「かえっちゃだめー!!」
「だめー」
「わ、わかった! わかったから、どいてー!」
その、数時間後。
佳主馬にそそのかされた子どもたちが、夏希に突進して彼女を潰していたのは、言うまでもない。