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カーテンのネジを探す

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海って、どこか淋しい気がするんです、と竜ヶ峰は言った。
「広くて大きくて、ずっと向こうまで続いているのに、それが確かか時々わからなくなる時があります。繋がっているはずなのに、繋がってないような気もする。だから不安なんです。だから、怖いんです」
 そりゃあ考えすぎだろ、と言うと、竜ヶ峰は俺が吐き出した煙のように、儚げに笑った。苦味を重く残した、笑顔だった。
 冬の海、特に今は早朝で、凍てつく寒さが頬を掠める度、竜ヶ峰が身震いするもんだから、俺は奴が巻いているマフラーを巻き直してやる。随分古いものだった。「気に入ってるってわけじゃないんですけど、何かもうこれで慣れてしまっているので、変えるつもりはないんです」と言っていたのはいつの話だったか。
 海辺には、俺と竜ヶ峰の二人しかいない。
 海を見に行きましょう、という真夜中の提案に、俺は二つ返事で了承した。始発に近い電車に乗り込み、何回か乗り継いでここまでやってきた。海に来たのはいいものの、やることもないので、海辺に座り込んでぼんやりと海の向こうを眺めている。
「静雄さん」
「何だ」
「呆れましたか」
「何に」
「…僕に」
「呆れられるようなことをしたのか」
 竜ヶ峰は黙った。
 その質問は恐ろしく卑怯で、逃げだった。多分それはこいつもわかっているのだろう。だから黙る。そして俺は竜ヶ峰を追わない。そうすると、こいつは瞳を揺らして、俺の名前を呼ぶのだ。その瞬間が、たまらない。一言では片づけられないような感情に一瞬で支配される。ああ、と感嘆の声も漏らすものの、その先の言葉は出てこなかった。きっとこいつが望んでいるのはその言葉で、今でも行儀よく待機しているのだろうが、俺は言ってやらない。
「静雄さんは、僕のことが、好き、なんですよね?」
「ああ」
「僕のどこが良かったんですか?」
 海が泣いている。どうして泣いているのかはわからない。何かを訴えたいのかもしれないし、泣くことしか知らないからひたすら泣いているだけなのかもしれない。
「そういうとこ」
「…答えになってませんけど」
「俺にいちいち答えを聞いてきて、そのたびに喜んだりへこんだりしてるとこだよ」
 朝はまだ来ない。
 タバコの煙はまだ舞っているし、海はどこまでも広がっている。何も変わらない。変わらないが、竜ヶ峰が俺の手を掴むので、なるべく自然な力になるようできるだけ調節しながら、小さな手を握り返した。
「静雄さん、僕は、貴方のことが、好きなんです」
「知ってる」
「でも時々逃げたくなるんです。貴方はきっと、僕のことを嫌いになるから。僕を知ったら突き放してしまうから。だから逃げたくなるんです。すごい、勝手ですよね。そのくせ、嫌わないでって、必死に祈ってるんです…」
「ああ、」
 時々、この子供がどうしようもなく途方に暮れて、やっと自分に甘えてくることを、俺はとっくに気づいている。だから、お前の勘違いなんだよ、竜ヶ峰。
「知ってる」
 お前の弱さを嬉しいと思う。お前の苦しみがお前の傷を抉るなら、俺をそれを言い訳にしてお前に触れるだけだ。だから、お前は俺を買い被りすぎなんだ。俺はそんなできた人間じゃねえ。
 ああ、このまま、どっかいっちまいてえな。全部投げ捨てて、こいつと二人で、どっか誰も知らねえようなところでこっそり生きてく。そんな馬鹿でガキみたいなことを、何度考えたことか。
「竜ヶ峰」
「はい」
「さみいな」
「冬ですから」
「じゃあ、仕方ねえな」
「仕方ないですね」
 竜ヶ峰がそっと、俺の肩に寄りかかる。
 少しだけ嗚咽混じりの声が聞こえた。けれど、俺がそれを口にすることはない。蓋をして、外に漏れないように、俺は竜ヶ峰の唇にキスをした。
作品名:カーテンのネジを探す 作家名:椎名