ASAP
「シーズちゃーん、観念した?」
「はぁ?」
「全くさ、本当にさ、手間かけさせてくれるよね」
麻酔ガンでも買おうかなぁ、と腹の上にでんと座ったヤツが言う。多分、したたかに酔っていて、油断していたのだ。いや、それよりなによりコイツが変態なのがいけない。
「ちょっとパンツ何色? って聞くくらいいいじゃん」
「何がいいんだド変態が」
「いいですよぅだ、勝手に確かめるし」
隠されていたナイフが露になって、胸元に落とされた。蝶ネクタイを切られ、シャツのボタンを飛ばされてゆく。ボタンはいい、ボタンは。切り裂いたりはしないで欲しい。せっかく幽に貰った服だから、長く着てやりたいし。
「あ、俺の今日の下着知りたい?」
「いらねぇよ」
「もうやだシズちゃんのえっち!」
「やめろっつってんだろ!」
「ははん、今日はグレーのサテンに黒レースだよ、可愛いっしょ」
「人の話聞けっつってんだよ!!」
そうこうしているうちにボタンは全て飛ばされていたようだ。今、ここでコイツを蹴り飛ばすのは簡単だが果たしてどうするか。これだけはだけるとあんまり目立ちたくないんだよなぁ……臨也なんて蹴ったら俺がここにいますよ☆ とか宣伝するようなもんだろ。
「はいはい、ごかいちょ……」
どうするか考えあぐねているうちに、シャツを左右に開かれる。まあ今日のヤツの狙いはこれだから多分、見たら大人しく……。
「……なにこれ」
なると思ったら、そうでもなかった。
「はぁ? ンなの下着に……」
「誰が! 買ったやつ!? まさかシズちゃん自分で……?」
「幽だけど」
「……感動したね! ちょっとシズちゃんごめんね!」
言うが早いか、下も脱がされて流石に切れる。感動した? 何に。お前マジいい加減にしろ、と殴ろうかと思ったら、臨也はぶつぶつ言いながらこちらに手を伸ばしてきた。ゾッとするくらい真剣な顔だった。今までで一番、危ない雰囲気に見えた。マジやべぇ。
「携帯、携帯貸して」
「はぁ!?」
「貸してよ、いいから!」
ベストの内ポケットに入っている携帯電話を奪いあげて臨也は何やらいじりだす。携帯電話くらい自分も持ってるだろうに。 もはや諦めた俺なのだった。
「あ、もしもし、幽ちゃん?」
「あっ、てめっ!」
「シズちゃん黙ってて! ああ、ごめんね、うん、オレオレ〜、え、あ、詐欺じゃないから詐欺じゃ、ほら俺だよ、臨也だよ、新宿の折原臨也」
臨也の右手に口を塞がれて、文句を言うこともできなかったが、つまりアイツは幽に電話したらしい。なるほど、幽のアドレスは知らないから俺の携帯使ってんのか。ってか幽に電話すんな! 喋んな! 悪い蟲ケラめが!
「あのね! あのさ、マジ天才だよね幽ちゃん、俺、もう惚れそうなんだけど」
……はぁ? 何言ってんだこいつ……。
「シズちゃんの下着、幽ちゃんセレクトなんでしょ? え、どれって、今日の。あ、んっとね白いの。白で、パイピングがレモンイエローで、そう、それ、レースの。え、昨日プレゼントしたばっか? まだ着けてるの見たことないの? そうなんだ、すっごい似合ってる、幽ちゃんセンスいいよね……俺、もういっそ寄付したいんだけど! その才能に! いらないって? 遠慮しないでよ、ほらもっとシズちゃんの下着買ってあげてよ、財布に今、漱石五十人くらいしかいないけどシズちゃんに渡しとくし……ええーほんとにいらないです、とか言わないで、寂しいじゃない。足りないなら振り込むし。ねえ口座教えてよ、俺、本気だよ?」
……駄目だコイツ、本気で早くなんとかしないと。などと思ったが、べらべらよく回る口は止まらない。はー、煙草吸いたい。手ぇだけどかしてくんねぇかな。
「教えてくんないならいいよ、もう、適当に振り込むから!」
一際、大きな声が響いたと思ったら、携帯電話が胸の上に落とされていた。通話は終わったらしい。幽には後で謝っておこうと思う。この馬鹿ノミ蟲のせいで貴重な時間を奪ってしまった。
「ねぇシズちゃん、幽ちゃんの口座知らない?」
「知るわけねぇだろが」
「……チッ……この下着…しかも紐パンだし……には対価を払ってしかるべきだと思ったのに……」
久しぶりに嫌な感じに真剣な瞳のコレを見た気がする。気持ち悪ぃ。
「お前、情報屋なんだろ、仕事しろよ」
やっと解禁された煙草をくわえ、火をつけ、言い放ってやる。悪用するならただじゃおかねぇが、この勢いだとマジで何処の誰とも知れない善良な一般市民様にゼロ四つくらい有り得ない額叩きこみそうだから怖いんだよ、この馬鹿。
「……シズちゃん頭いい!」
「テメェが馬鹿なんだろ……」
「違うよ、シズちゃんのその素晴らしい下着が罪なんだよ」
吸っていたはずの煙草を取り上げられて、一番近い距離で囁かれる。そんな罪状聞いたことねぇよ、呟いた言葉は、煙草をもみ消す音と一緒に夜闇に消えた。ホントこの馬鹿誰かどうにしかしてやれよ。
2010.2.25