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津軽と俺たちの日常

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玄関のドアを開けると、耳に心地よいきぬ擦れの音と、かすかに床のきしむ音が聴こえる。それが誰かなんて顔を上げて確認しなくてもわかる。
小走りでそんなに広くもねぇ玄関まで毎度毎度、律儀に出迎えようとしてくれる、俺と同じ顔をしたアンドロイドだ。

「おかえり、静雄」
「ああ、ただいま。津軽」

俺が名を呼ぶと、こいつは俺には一生できないようなやわらかい顔をしてへにゃりと微笑む。同じ作りのはずなのに、ぜんぜん違う雰囲気をまとうこいつにはなぜか癒される。
ほだされちまってんのかもな、と思いながら靴を脱ぎ、津軽の手を引いて部屋まで歩く。

こいつは数週間前に俺の家にやって来た。来たというよりあの時は、運ばれてきたっつったほうが正しいか。
特注としか思えねぇ、でかいスーツケースに無造作に放りこまれてたのが、津軽だった。

思い出すだけでもムカつくが、すべての元凶は新羅の野郎だ。
あいつはいつも採血だの何だのと理由をつけて俺の体を調べたがっていやがった。俺のクローンを作って俺と同じような力を持つようになるのか調べたがってた。
そこへネブラだか何だかいう会社が合法のドーピング剤を作れるんじゃねぇかとか、人間型兵器を量産できるんじゃねぇかとか話を持ちかけて・・・あぁ、めんどくせぇ!!
とりあえず、俺は研究施設ん中で勝手にクローンを作られちまってたわけだ。
俺のクローンに人工知能を埋めこんで作った、アンドロイド。そんなかの成功例第一号が今、ここにいる津軽だ。

「今日は帝人はいっしょじゃないのか?」
「ああ」
「そうか・・・」

寂しそうな顔をした津軽の頭をくしゃりとなでてやる。自分をなでるってのはどうも慣れねぇ変な感じがするんだが、俺なんだからそう簡単には壊れねぇだろうという安心感もあんのか、緊張せずになでられるっていうのは気が楽だった。帝人をなでるときにはこうはいかねぇからな。
なでられた津軽は今度はくすぐったそうに、ふふっと笑った。そういえばこいつはよく笑う。

新羅が言うには、津軽に入ってる人工知能は学習しねぇと力を発揮しねぇタイプのものらしい。何が「オリジナルのそばで学ばせるのがいちばん手っとり早いと思ってね」だ!ふざけやがって今度会ったら、一発ぶん殴ってやる。

まぁ、俺には難しいことはよくわからねぇが、膨大な数の命の瀬戸際に向き合いすぎると、人間ってのは一個の命の大事さを見失ったりするのかもしれねぇ。
そういや、津軽を俺の部屋に運びこんだときの新羅は、いつもとは違って少し焦ってるように見えたな。

「きみの家で、しばらくこの子を預かってほしい」
「はああ?っつーか、なんだこれ。どういうことだ新羅。返答によっちゃお前・・・」
「法律に触れる研究をしている組織にとって、情報漏えいはタブーだ。きみが預かってくれないと、この子はとりあえず処理されてしまうだろう」
「はぁ!?」
「生きてる人間を平気で売買するような会社のすることだよ。自分たちの作ったおもちゃを一個壊したところで痛くもかゆくもないさ。また作ればいいだけの話だ」
「てめぇは・・・」
「これでも責任を感じてるんだ。大元のきみの遺伝子データを採取したのは僕だからね。頼むから預かってやってくれないか。きみのところで行動パターンのデータを収集していることにしておけばそのあいだ、彼は殺されずに済む」
「反吐が出る」
「まったくだ。今回ばかりは軽はずみだったと反省している。だから、頼むよ。この子の生きられる場所が見つかるまででかまわない」
「そんなもん、すぐに見つかんのかよ」
「すぐにというのは難しい。一応、身を隠してもらうことになるし、いざとなったら逃げられるような場所でないとならないし。とにかく探してみるから」
「・・・わかった」
「ありがとう。恩にきるよ」

・・・新羅とそんな会話を交わしてからもうすぐ一ヶ月、津軽は俺の日常になりつつある。

この間、帝人をうちに連れて来た。俺が他人を家に上げることなんてまずないんだが、一応新羅に帝人を家に呼んでもいいかと確認をとった。

「帝人くんかぁ。まぁ、彼なら大丈夫じゃないかな」

ふたつ返事で許可がおりた。帝人を信頼しているのか、新羅の危機管理が甘いのかは俺にはわからねぇ。すぐに帝人に「今日うちに来るか」とメールを送った。

「お・・・お兄さんですか?」

当然の反応だった。

新羅から聞いたとおりに津軽がここにいる理由をかいつまんで説明すると、帝人は目をきらきらと輝かせて俺に飛びついてきた。

「すごいです!すごいですよ、静雄さん!人間のクローンを作る技術があるというのは聞き知ってましたが、まさか本物がこの目で見られるなんて!」
「お、おう、そうか」
「あ、・・・すみません。勝手にクローン作られちゃった静雄さんに対して失礼でしたね。津軽さんもすみません。うれしくて、つい、はしゃいでしまって」
「「いや、気にしなくていい」」
「すごい!双子みたいですね!・・・あ、また・・・すみません」

この日、帝人は数えきれないくらいの「すごい」と「すみません」を口にした。それだけ驚いたのだろうし、そのことに対して俺がキレることはなかった。
まぁ津軽については俺もかなり驚いたが、その日はとりあえず、でかくてこぼれそうな目をきらきら輝かせて嬉しそうにしてる帝人をたくさん見られたのが嬉しかった。
作品名:津軽と俺たちの日常 作家名:猫沢こま