あなたのことを想いつつ
何だか見覚えのある人物を見かけた気がして、思わず立ち止まる。
そしたらやっぱり、たった今通り過ぎた手芸店の前に、部活のマネージャーの後姿を見つけた。
(音無?)
どうやら向こうは、まだこっちに気付いていないらしい。
手芸店のワゴンをじいっと見詰めながら、何かを真剣に悩んでいるようだ。
(……これは、声を掛けるべき、か……?)
今日は珍しく部活が休みで、久しぶりに雑誌でも買おうかと街中のショッピング・モールまで足を運んだのだが。まさか、ここで知り合いを見つけるとは思わなかった。
(でも、わざわざ声を掛けるために近付くのも何か変だし……それに、何だか真剣に悩んでいるみたいだし……何より、こっちに気付いていないみたいだから――)
このまま何も無かったように帰ろう――と。
振り返る瞬間、くるりと向こうがこっちを振り向いて、ばっちり目が合った。
「あ!」
「……」
――流石に、これは無視できない。
ぱたぱたと駆け寄ってきた後輩は、にこりと笑って、
「こんにちは」
と元気良く頭を下げる。何というかまあ、元気があって何よりだ。
少し、自分の中では気まずさがあったのだが、何とかそれを悟られないように応じることを心掛けた。
「ああ、こんにちは」
「先輩もお買い物ですか?」
「うん、まあ……」
「何でしょう?あ、CDとか……本ですか?それとも……」
「あ〜……雑誌を買うつもりだったんだけどな……」
「そうなんですか!ああ、でも雨の日は本とか雑誌は買いにくいですよねぇ?お店の人も気を遣ってビニール袋に入れてくれますけど……」
「あ、うん……?」
――これは、相槌を求められているんだろうか?
ちょっと不安だったけれど、無視していると思われるのも嫌だったから一応それらしい対応は示すことにした。
――何と言うか、女子はすごいと改めて思う。
話をする時に、相手に口を挟ませない勢いで次から次へと言葉が出て来る所とかが、特に……。
(……何か、やっぱり)
――余り、似ていない。
「あ!」
「……?」
「あの、先輩。時間は大丈夫ですか?」
「ん?ああ……特に、これといって用事があるわけじゃないから構わないけど……?」
「よかった!あの、少し相談に乗って貰えますか?」
「……力になれるかは保証しないぞ?」
「充分です!」
笑って断言した後、音無は再度手芸店に戻って行く。その後をついていくと、彼女は色違いの毛糸玉を2つ。すっ、と、こちらに向かって差し出してきた。
「?」
「実は、マフラーを編んでみようと思ってるんです」
「マフラーを?」
「はい!ほら、12月からは登校時の防寒具の着用が許可されてるじゃないですか。それに間に合わせたいんです!」
そのために毛糸玉を買いに来たはいいものの、色や種類が沢山あってどれにしようか迷っていたらしい。
「やっぱり、似合う色のものを渡したくて……」
「成程な」
――誰に、などと問うのは野暮だろう。
渡したいと言っているのだから『自分用』ではないだろうし、そもそもこちらに相談を持ちかけた時点で『相手』は自然と限られる。
「風丸先輩は、どの色がいいと思いますか?」
「そうだな……」
――まあ、確実にあいつは音無が作ったマフラーなら何色でも喜ぶとは思う。
しかし、流石にそれは答えにはならない。
音無が今気に掛けているものは、相手が喜ぶか喜ばないかということではなくて、相手にどの色が似合うかということだ。
(……う〜ん……)
さっきまでは、一体何をそんなに悩んでいるのかと思っていたのだが、確かにこれは難しい。
(あいつに似合う色、か……)
「あの、」
「?」
「できれば、2色のシマシマにしようと思ってるんです」
「2色……」
――ハードルが高くなった。
1色でも悩むが、2色となると単に『似合う色』というだけではなく、その2色の『相性』にも気を遣わなくてはならない。
(……確かに、これは悩む)
ワゴンの中の毛糸玉を選んで並べては、頭の中であいつに合わせてみる。隣では音無も同じ事をしているから、周囲から見るとさぞかし面白い光景だろう。
「う〜ん……」
「……」
「うう〜ん……」
「……」
「……」
「……」
「……う〜……」
「……音無」
「?はい」
「……取り敢えず、1色だけなんだが――これなんてどうだ?」
「あ……そ、それならこれとの組み合わせはどうですか!?」
「ああ、有りだと思う」
「良かった……これに決めます!ありがとうございました!」
「ああ、いや……って、そんなに買うのか……?」
「はい!初めてなので失敗することも考えるとこれくらいは必要ですよ。それに、これ全部セール品ですから。次に来たときにはもう無くなっちゃってるかもしれませんし」
言いながら、カゴいっぱいに毛糸玉を入れて買い占めた後輩を放っておくほど薄情にはなれなくて……。
結局、そのままの成り行きで荷物を持ちがてら彼女を家まで送り届けて、俺の休日は終わった。
――それが、11月の初めの出来事。
気が付けば12月。
ようやく解禁されたばかりの防寒具。その有り難みを噛み締めながら道を歩いていると、前方に特徴的なドレッド・ヘアを発見した。
走るまでも無く少し歩くペースを早めて、あっさりと隣に並ぶ。
「おはよう」
「――お早う」
「寒いな」
「ああ……そうだな」
聞こえてくる声は、全部マフラー越しでもごもごとしている。
寒さを少しでも防ごうとしているのか。口元までマフラーに引っ込めている姿は、何だかとても愛嬌があった。
(……間に合ったんだな)
「……風丸?」
「鬼道、」
「?」
「そのマフラー、似合ってるぞ」
《終わり》
悩んだ甲斐があったな
作品名:あなたのことを想いつつ 作家名:川谷圭