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刻んだ林檎に愛をこめて

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 週末の昼は、たいてい約束を取りつけている。
 紀田正臣に会わなくてはいけない。

 正臣は朝に弱い。というより宵っぱりだった。それはあらゆる手段で折原臨也にみてとれることだ。
 情報源は臨也と交わす会話や、メールの返信時間が主だろうか。かつてなら沙樹から得る情報もあったし、果ては、掃いて捨てるほど記録される正臣のウェブサイト閲覧履歴まで。臨也が苦労といった苦労もせずに把握している範疇のみでも、たやすく判明することだった。休日前はとみに遅くまで起きているようだ。人の減った妙な時間から、馴染みのチャットへたわむれに入室することもしばしば。おまけに低血圧気味らしい。

 それでも昼過ぎには、臨也の私用携帯電話へ宛てて、簡素なメールがとどく。

「今から行きます オムライス希望 デミグラスソースがのったやつ」

「環状線のりました 麺なら蕎麦よりラーメンがいいっす」

 おしなべて、その日の昼食に対するリクエストだった。

 これは毎度、臨也が問うてやるきまりであった。すると、不承不承といった文字列が返ってくる。男が自宅に少年を呼ぶのは土日に限られていた。都合のおりあいで、まれに祝日も誘う。正臣を呼びつけ、手軽な昼食の席を共にする。それだけ。いたってシンプル、薬にも毒にもならない取り引きだった。

 さて、ところが今日は、メールを通して臨也へと注文されるはずの所望のメニューは載っていない。かわりに、「あんまり食欲無いです」と無愛想な返信があった。「駅に着いたんで、Suica使います」と律儀にそえてあった。池袋から新宿へ通う正臣の足になるよう、臨也が持たせてやったICカードだ。どうやら食事を摂る気はないものの、新宿へは来るらしい。
 あたえたICカードは好きに使っていいと言ったのに、新宿へ通う以外に使用した形跡はなかった。使わない理由は、純粋な申し訳なさから来るのか、これ以上臨也を頼りたくないと思ってなのか、それとも妙な借りをつくることへの恐れか。もしくはこれら全てが要因かもしれない。彼を恐怖で押さえつけているとしたらいやだなあ、臨也は思いふける。恐怖政治は彼の好みではなかった。さながらワルモノじゃないか、俺が。もちろん、依存させる分はいっこうに構わないけど。

 インターフォンが鳴った。

 一般の事務員のていを模倣して、浪江の休日は土日に設定してある。モニタに映る正臣に一声かけ、事務所の主はみずから玄関へ出向いて解錠した。明るい色のパーカーに首から腰までつつまれた正臣は、一瞥もくれずスニーカーを玄関のすみへと揃えた。臨也は両手を広げて、彼なりの情を込めて招く。この年端のいかない来訪者の心を喰いあらす鷹の爪は、おおむね臨也の口から吐かれる。

「正臣君、おかえり」

「お邪魔します」

 金髪や着崩した制服姿など、外見と相反して大人びたところのある正臣は礼を欠かなかった。臨也は少年をみつめる。頭を上げた彼のこちらを確かめる目と視線がぶつかった。案の定、というところか。大衆と比べて色素の薄い、けざやかな虹彩がたちまち絞られる。

「ねえ、噛みあっていないのが分からない?」

「何の話ですか」

目前の少年がようやくこちらをみたことに満足がいった。そう、それでいい。

「『おかえりなさい』と言われたら、『ただいま帰りました』。そうでしょ?」

正臣から返事はなかった。今日も怯えているらしい。

作品名:刻んだ林檎に愛をこめて 作家名:かおる