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Un projecteur cinématographiqu

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針金でも入っていると思われる、緑色の極めて細い棒の先端に、紅く薄い紙を巻き付けて形を作っていく。くるくる回しながら。
手順はそんなものだった。

デスクには本来散らばる筈の書類の変わりに、まだ手を付けていない分の無数の花紙と、芯、数字がふってある豆荷札、糊とおぼしき小皿がランダムに置かれていた。

航海に出ては新たな航路を拓いたり、徹底的な宗教改革をしたり、斧を振りかざしその背中に有るものを守ってきた彼とは似て非なる、といったら怒られるだろうか。もう何世紀前の話だとどやされてしまうだろうか。ともかく俺は水から淹れているコーヒーが、濾紙から落ちるのを見守るのを同じくとして、中庭の見える執務室で黙々と内職を続けるスペインをただ、見ていた。
窓が少し開き、晩秋の風が時折入り込むこの部屋で、斜陽の強いオレンジを受けて濃い影を落とす彼の、しなやかな指が織り成す曲線。
瞳を落として瞬きをするまで、気づきもしなかった。時間の経過も分からないこの空間のなか、ただ、ただ彼に見入って居たこと。




スペインの家のキッチンに、ティーポットというものは無かった。少し前、ヨーロッパ中で一斉風靡した紅茶葉をはじめ茶器など、その一切が無い。
スペイン中で飲まれて居ないわけではないだろうが、この家にはそれらがとにかく存在していない。
手土産に、と包んできた焼きたてのマカロンを食べるために棚から珈琲豆を取り出す。

(イギリスがね、嫌いなのよね。)

あんなにも嫌っているのに造りつづけて居る花のなんと皮肉な事か。恐くて彼には聞けないけれど、あれ、薔薇を模しているのでしょう?
彼と同じ碧の目の金髪の顔をふと思い出す。 そのニヒルな表情に視界が一瞬曇った。

食器棚の一番上、硝子扉の中は赤の食器で統一されていた。ショウウインドウのように綺麗に並べられている、揃いの食器が一式。それに触れないように下の棚から客用のカップを取り出す。それは何の変哲も無い青。
赤い食器は最早アンティークみたいな佇まいをみせて何時でもひっそり出番を待っている様に見えた。あれらは全てロマーノの為に用意されている。 もうここには帰ってこない、彼のための食器。
記憶のなかのスペインが「赤いのはあかんよ」と喚起した。

(知ってるよ、そんなこと)

やがて太陽は西の建物に沈み、辺りはインディゴに包まれた。光は乱反射をしてとても眩しい。木々に、窓に、建物に、彼に、バラバラに落ちてその光景は酷く物悲しく映る。ぽたぽたと均一に落ちる濾されたコーヒーと、スペインにに落ちる濃い影。

こんなに、華奢だったっけ、彼は、
(陰影のせいだ、きっと)
苦しくなり、その自分にはっとした。


無数に積み上げられる造花に囲まれるように、スペインが軸を回して花を作り上げていた。
斜陽の中、とても静かで、重く、飴色の景色。


これは現実だろうか
果して
彼は、ほんとうにそこにいるのだろうか

(古いフィルムを見せられているんだ、きっと)

影になってしまった、鮮やかだったストライプの壁紙が酷く胸を詰まらせ久しい。
カタカタカタ、回、る
あ、あぁ?


「何、しとんの」

フィルムの中の彼が、予定調和を破り声を降らせる。場面が急に切り替わる様な瞬き。瞬間、頭の中でなにかが弾けた。

(ぱぁ、ん。)

「え…お茶、しよーと思って…」
「不法侵入?」
「開いてたよ、鍵!」

映写機は回りはじめてしまった。廻るスライド写真の軌跡。

「まあ、ええけど…」

こちらをそっと見上げた碧眼の、

「なぁ?」
「な、に」

唇がなにかを紡ぐ前に、駆け出すように腕を伸ばし、抱きしめてしまった。殆ど無意識だった。は、た、と。胸の側でくしゃりと潰れる音と、胸の中でボロボロ零れ出す音が聞こえる。

映写機は蹴飛ばしてしまった。結局見るだけのスライドショウでは、自分は飽き足りないのだ。
「フラン…ス」

あれ程華奢に見えたのに、回した腕の感覚は記憶の通りで、その首筋の陽の匂いも、首に掛かる細いチェーンも、以前と何も変わりは無かった。
あたたかで、包まれてしまう胸、の中。

「潰れる」
「ちょっと待ってよ」
「何やの、もう…」

俺は多分、感傷に浸っている。
彼ひとりの筈の家に、ロマーノの影を見て、ロマーノが傍らに居ない、少し小さく見える彼を見て。
最低だ、手に入らないと分かって居るのに今でも執着している。欲しくて、欲しくて堪らない。

「おれのものになってよ」




インディゴブルーに包まれた空が海のうねりみたいにざわついていた。
おおよそこんな告白は、自身にとって筋ではない。下準備を凝らした上で美しくスマートに伝えるのが筋なのだ、それしか自分の辞書には無かった。こんなの、愛の国フランスの、世界のお兄さんが台なしじゃないか。
こんな、不意に、気持ちの動きだけで、感情を言葉に乗せてしまうなんて?。
あ、ぁ、でもこぼれてしまうよ。

「フランス?」

「ごめ…」

「もう半分、おまえのみたいなもんやん」


顔を上げれば、どうしようもないね、みたいな表情が見える。みどりのめ。
もう一度強く抱きしめた。その手のひらからこぼれ落ちる花の、やわらかな音。
あやすように背をゆっくり叩いてくれるスペインの、飲み込むようなあたたかさのなか、希望と絶望が入り混じり、自分はあのフィルムのせかいに入ってしまったのだと気づいてしまった。
首をすぼめて、彼の鎖骨の窪みに頬を埋める。
こうして、抱きしめて、こんなにも近いのに、彼は空っぽで空白で、なにもない。こころは誰かに預けてしまったの。
俺はそれが、欲しかったのに。

もう二度と手に入らない鮮やかな光。

スペインが、頭をこつん、と当てて髪を丁寧に撫でてくれた。

それでも満たされてしまう、枯渇したこころ。


遠くで映写機がカタカタと音を立てる。
何故だか指の先が小さく震えている。
作品名:Un projecteur cinématographiqu 作家名:トマリ