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コンクエストモラトリアム

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カウンターテーブルの椅子に浅く腰かけて、カタシロはダーツの的目掛けてピン
を投げる。バニシングエイジに関わらず、綺羅星十字団の重役幹部は、昼間
は学生として銀河美少年の動向観察も兼ねて生活しているため、ここには誰も来
ない。的に上手く当たらないピンに焦れて水を飲んでからもう一つ投げた。
「流石だねぇ、的中じゃないか」
何の変徹もない直線に、まるで定められていたかのようにもう一本の縦線が綺麗に
直角に刺さるように、ぴしりとプラスチックの羽を立たせて真っ直ぐ中心にピンが
刺さっている。それを見に来たとでも言わんばかりのタイミングで、ヘッドが現れた。
ヘッドなりに誉めているのかもしれないが、彼の誉め方は多少いい加減だ。本当は
どうだっていいと思っているんだろう。あくまで世間話、というやつだ。腹の内を
探り合うのにも切り出し方はある。
「・・・何の用だ?休職中のお前が来るところではないだろう」
半分ほど水が入ったグラスの縁を指で撫でながら一瞥すると、おどけたように肩
をすくませて、愉快そうにからからと笑った。
「ははは、君の言う通りだよ。でもそんなマジメに相手にしなくったっていいさ」
カタシロの隣に座って触れるか触れないかくらいの位置に手を置き、ぐっと距離
を縮めては、口元だけ不適に弓を描かせる。薄い紫の目の奥の水晶は蠱惑に光る。
「ただからかいに来ただけだからさ。・・・・それくらい良いだろ、理事長さん
 ?」
「・・・いくら制服を着て学生気取りとはいえ、その呼び方は気に入らないな」
しかし似合わないな、とカタシロは思う。グリーンのブレザーに、Yシャツ、青い
ネクタイを締めたヘッドは、Yシャツにズボンだけの姿ばかり見ていたせいか違和
感が残る。数日前、何を企んでいるのか、急に制服の貸与申請がヘッドから来て
いると部下に聞いて渡したものの、ヘッドが直々に学園に出向いて行動を起こす
ことは考えられなかった。全く、つくづく何を考えてるのか分からない。
「ははっ、でも本当のことじゃないか。もしかして、照れくさいのかい?」
「何を馬鹿なことを」
皮肉な笑みを浮かべてみせると、ヘッドはこちらを見ることなくダーツの的にピ
ンの狙いを定めていた。猫を人にしたらこんな感じなのかもしれない。のうのう
と暖かい部屋で気まぐれに過ごす。こっちの考えなどお構いなしに勝手に外に出
かけて気が済んだら帰ってくる。帰ってこないこともあるかもしれない。
「久しぶりだからかもしれないけど、外の世界もなかなか楽しいよ。景色が良い
ところがあってさ・・・・ふと、絵を描いてもいいかと思うことがあるんだ」
ぐっと後ろに肘から上を引いて、反動をつけてピンを手から放つ。何も考えずに
遠くを眺めていると、随分久しぶりに見るものばかりが目に映った。ザメクの宿
主であるスガタと面識を持てたので一石二鳥だ。あの、まだ未熟なシンドウ家当
主をどう利用してやろうかと考えるのも外に出るようになってからの楽しみだ。
「・・・・まだこちらには戻ってこない、ということだな」
ダーツの的の方に身体を向けたまま、カタシロの言葉を聞く。
「どうしたの?・・・・もしかして寂しくなった?」
「馬鹿な。私情があったとしても挟むようなことはしない」
鈍く光るピンの針を、指の腹が刺さるか刺さらないかくらいの微妙な力加減で撫でてから、
ふっと笑ってはピンを持ち直して投げる。先ほどのピンよりかは中心に近い。寂しいなら
寂しいで少しくらい甘やかしてやってもいいかと考えたが、カタシロはやはり喰えない男
で、誘いに乗らなかった。変なところで真面目なくせに、やる時にはそれなりの執着心の
感じられるような触れ方をするのだから面白い。
「ははは、そうだったね。・・・・・君はそういう男だったよ」
テーブルを見渡す限りではもうピンは残されていなかった。いつまでも互いに話をしてい
られる程暇ではないし、そんな関係でもないので、ヘッドはこの場を立ち去ろうと、ひょ
いと身体を持ち上げて椅子から離れる。タイル張りの床と触れ合った靴か、タン、と無機
質な音を響かせた。その音に誘われるようにカタシロが振り向く。
「まあ、僕が戻ってくるのは・・・・・そうだな、あの新しい巫女の歌が聞こえなくなっ
 たら、かな。あの娘の歌はどうも、好きになれない」
ただただ、突き抜けるように明るい、痛いほど澄んだ日死の巫女の歌が響き渡って鼓膜を
震わす度、じりじりと耳の奥が焼けつくような感覚がした。そして遠い遠い地平線を眺め
ては、籠を飛び出し、旅に出た魚の少女を思い出した。日死の巫女とは異なる澄んだ、け
れどどこか憂いを帯びたあの歌声が聞こえた。彼女の歌を記憶の中で聞く度に安心した。
この歌こそがサイバディを動かすことを許された歌のような気がした。他の巫女のことな
ど、正直どうでもいい。カタシロの方を振り向くことなく、別れ際に言葉を残して、ヘッ
ドはバニシングエイジのアジトを去った。