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きえない疵

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『子などまた産めば良かろう』



勝手知ったる毛利の邸をずかずかと進む。主の気質からか、いつも静謐な邸だが、今日はどこか空気が張り詰めている。家中の者も、何かを気遣うように気を張り、足音ひとつ立てない。
よく磨かれた床を踏み鳴らす、この自分の足音のみが異質だ。ここでは恐れられ目も合わされないのが常だが、今日はそこかしこから厭わしげな視線が刺さってくるようだった。
気にはしないが。

「よォ、嫁泣かしたんだってなァ」

昼も夜も通い慣れた主の部屋の木戸を勢いよく開けるなり、そう言い放つ。

「泣かしてなどおらぬ。勝手に泣いておるのよ」

書き物をしていたらしい主は、こちらを一瞥もせずに淡々と言った。そしてゆっくりを筆を置き、身体ごとこちらを向く。その表情は全くのいつも通りで、これが繕った表情であるならば大したものだ。
――初めての子が流れたって聞いて、どれだけ気落ちしてるかと思ったが――。

「女にとっちゃ文字通り身を切られるようなモンだろうに。もうちょっと労ってもバチは当たんねェんじゃねェか?」
「――貴様が、それを言うのか」

毛利がやっと感情を見せた。厭わしげに寄せた眉根が『構うな』と言っている。突き刺すような視線に背筋が震えた。その愉悦を感じ取ったか否か、毛利はふと視線を下へ逸らした。

「我があれにやれるものは子ぐらいよ」
「いや、あんだろ。他にもよォ」

努めて明るく茶化すように言うと、毛利はもう一度視線を合わせてきた。今度は挑むように――誘うように。

「我が他人にやることが出来るものは皆そなたのものぞ。……要らぬのなら構わぬがな」

その言葉に、思わず生唾を呑む。

「―――アンタ。自分が何言ってんのか分かってンのか」
「そなたには分からぬか」

思わぬ切り返しに狼狽えた俺を咎めるように、毛利は問いに問いを返してくる。俺は参ったとばかりに両手を軽く挙げた。

「……それじゃあ髪一筋もやるわけにはいかねェなァ」
「安芸はやらぬぞ」
「アンタがいればいらねェよ」
「我が死んでもやらぬぞ」
「アンタがいない安芸なんかいらねェよ」
「矛盾しておらぬか」
「俺ン中じゃァな」
「――甘い奴よ」

毛利は、薄く笑った。嘲笑するでもなく愚弄するでもなく毛利が笑うことは少ない。それだけで、本当は毛利も堪えているのだと分かる。弱っているが故の、綻び。

「アンタが子を産めれば良かったんだがなァ」
「戯言を。そんなに産みたければ貴様が産めば良かろう」
「そりゃ逆ってモンで――…オイ、そんなに睨むなって」
「愚かな。何より―――子など宿していては、戦えまい」

毛利はぽつりと言った。その腕に抱くことが叶わなかった我が子へ思いを馳せるように。芽生えかけていた愛情を切り捨てるように。俺はそれを何とも言えない気持ちで見つめていた。
こいつは、哀しんでいない訳ではない。哀しむことを、前に進むためには要らないものだと思っているだけだ。哀しみ、涙することで気持ちを整えることが出来るのに、それを弱さだと切って捨て、凄絶なまでの覚悟で自分を律している。
押し込めた感情は凝る。いつまでもいつまでも、傷付いた時と同じ生々しさでその身を苛む。だがそれすら理解した上で一生背負って行くのだろう。それが自ら課した罰であるかのように。
―――どうでもよいこと、と口では言いながら。

「まあ、また産めばいいんだよな」
「だからそう申しておろう。ぐだぐだと煩い奴め」

疎ましげに睨んでくる視線を笑っていなしながら、左手を伸ばしてその頬をそっと包む。

――ほんの一瞬、泣きそうな顔をしたのには気付かないふりをした。



作品名:きえない疵 作家名:亜梨子