やすらかな寝床
電気スタンドのスイッチを切ったところで、お腹のあたりに、背後からもぞもぞと太い腕が回ってきた。
「まだ起きてたの」
「そっちこそ」
「ごめん、明るくて寝れなかった?」
「そうじゃねえけどさ」
眠らせてほしいという苦情かと思ったら違うようだった。首筋に鼻先を埋められて、そういえばさっきからずっと絡めたままの脚のことを思い出した。冬場はそうしていると冷えないで済むのだ。要するに、くっつきたいということだろうか、そろそろ眠いのであまりあれこれは面倒なのだけれど、と思っていると、
「鈍ちゃん」
「なに」
「おっぱいさわっていいかい」
「やんないからね」
「やんないけどさ」
どうぞ、と告げて身体をすこし浮かせてやると、下になった方の片手がうやうやしく乳房のまるみに沿わされた。そうしてそれきり背後の男はおとなしくなった。
経一はときどきこういうことを言ってきた。わざわざお伺いを立ててそうするのが好きなようだった。触ってよいかと尋ねて、実際ほんとうに触るだけで、そうすると子供のように安心して、そのまま寝入ってしまったりするのだった。
乳房をおおうごつごつした指の上に手を重ねる。不思議と座りがいいような感じがして、そのまま目を閉じた。
触れられるもの、形のある、温度のあるものに触れること、そればかりをあてにして、安心してしまうのは、危ういことだろうか。けれど、そんなふうに心配ばかりしていたところで、仕方がないのかもしれなかった。経一を見ていると素直にそう思えた。
素直に、生きていられたらと、思いながら鈍も程なく、ぐっすりと寝入ってしまう。
かすかな寝息と、小さな時計だけが音を立てる、静かで安寧な夜がそこにあった。