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やすらかな寝床

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その目覚まし時計は毎時0分のたびに、かすかにかちり、と鳴るのだが、かちり、のお陰で鈍は、もう深夜二時を回ってしまったのだと気付く。ベッドの傍にある小さな電気スタンドをつけて、読みかけの小説を寝る前にあと一章だけ読むつもりが、いつのまにか夢中になって、二章三章と読み進めてしまっていたのだ。もう三十分ばかりで読み終わりそうだったが、夜更かしは程々にしなければと栞を挟んで本を閉じた。
 電気スタンドのスイッチを切ったところで、お腹のあたりに、背後からもぞもぞと太い腕が回ってきた。
 「まだ起きてたの」
 「そっちこそ」
 「ごめん、明るくて寝れなかった?」
 「そうじゃねえけどさ」
 眠らせてほしいという苦情かと思ったら違うようだった。首筋に鼻先を埋められて、そういえばさっきからずっと絡めたままの脚のことを思い出した。冬場はそうしていると冷えないで済むのだ。要するに、くっつきたいということだろうか、そろそろ眠いのであまりあれこれは面倒なのだけれど、と思っていると、
 「鈍ちゃん」
 「なに」
 「おっぱいさわっていいかい」
 「やんないからね」
 「やんないけどさ」
 どうぞ、と告げて身体をすこし浮かせてやると、下になった方の片手がうやうやしく乳房のまるみに沿わされた。そうしてそれきり背後の男はおとなしくなった。
 経一はときどきこういうことを言ってきた。わざわざお伺いを立ててそうするのが好きなようだった。触ってよいかと尋ねて、実際ほんとうに触るだけで、そうすると子供のように安心して、そのまま寝入ってしまったりするのだった。
 乳房をおおうごつごつした指の上に手を重ねる。不思議と座りがいいような感じがして、そのまま目を閉じた。
 触れられるもの、形のある、温度のあるものに触れること、そればかりをあてにして、安心してしまうのは、危ういことだろうか。けれど、そんなふうに心配ばかりしていたところで、仕方がないのかもしれなかった。経一を見ていると素直にそう思えた。
 素直に、生きていられたらと、思いながら鈍も程なく、ぐっすりと寝入ってしまう。
 かすかな寝息と、小さな時計だけが音を立てる、静かで安寧な夜がそこにあった。
作品名:やすらかな寝床 作家名:中町