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愛なんて、

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僕は弱いくせに欲張りで、欲しがってばかりいた。
だから、本当に大切なものを取り零したことすら気付けなかった。

今度こそ、間違わない。
僕は、そう誓った。一人で、―――独りで。





(誓った、のに)














(あ、)
帝人は視界の端に映った金色に足を止めた。金髪なんてこの都会でけして珍しくはないけどと思いながらも、歩く人の邪魔にならないよう路の端に寄って視線を金色へと当てる。
(やっぱり静雄さんだ)
思った通りの人物に帝人は口端をそっと緩めた。
彼は目立つ。もちろん色々な意味でだ。だから探すのも見かけるのも容易い。人ごみに居れば埋没して分からなくなる帝人とは違うのだ、何もかも。
少しだけ人の波が開けた視線の向こうに居た彼は一人じゃなかった。
いつも傍にいるドレッドヘアの男の人と、初めて見る波打つ金色の綺麗な女の人が居た。
(すごい、美男美女だ)
帝人は感嘆するように息を吐いた。背が高い静雄と並んでも違和感の無いまるでモデルのような女性。
取り立て屋の彼らと共に居るのだからきっと見た目に反して、色々と凄い女性なのかもしれない。―――自分とは違って。
「先輩?」
つらつらと考えていると、背後からふいに声を掛けられる。
振り向けば、年よりも幼く見える自分よりもまだあどけない風貌を残した少年が立っていた。今、帝人ともっとも長く共に居て、帝人の近くに居る後輩。
「終わったの?」
「はい、撤収も完了してます。先輩は何を、」
言葉と共に帝人の視線を辿った後輩が口を噤んだ。僅かに瞠られた目に一瞬浮かんで消えた嫌悪の色に帝人は気付かなかった。
「・・・平和島静雄ですか」
「ん、ああ、目に入ったから、何となく見てたんだ」
話しかける勇気も無いし、する気もないけれど、どうしても見てしまう自分を帝人は苦笑する。
「傷付かないんですか?」
ぱちりと眸を瞬かせ、視線を戻せば後輩は帝人だけを見つめていた。
「何で?」
「何でって・・・先輩、平和島静雄のこと好きなんでしょ」
幼い顔を何故か不機嫌そうに歪めて青葉は吐き捨てた。
瞬きを繰り返して、ようやく後輩の言葉の意味を掴めた時、帝人はゆっくりと微笑んだ。
聡い子だと、まるで褒めるように。
「うん、そうだね」
肯定すれば、ならどうしてと視線で問われる。強い視線に晒されながら、だって、と帝人は疵付いたせいで赤く腫れた唇からほとりと言葉を零した。
「だって、そんな資格僕には無いもの」
綺麗で強くて優しいあの人へ、想いも愛も紡ぐことのできない汚れた僕に、そんな資格なんて。
帝人は微笑んだまま、そう告げる。
青葉の幼い顔が歪んだ。怒るように、悲しむように、哀れむように。彼すら持て余す想いを抱えて。
「・・・先輩って、やっぱどこか壊れてますよ」
落ちた言葉に帝人は、そうかもしれないねと、どこか歪で美しい微笑みのまま優しく応えた。















久しぶりに戻ってきたアパートの一室で、帝人はほうっと息を吐いた。
どんなにボロでも、漫画喫茶などのほうがよほど綺麗でも、やっぱり慣れ親しんだこの部屋の方がよほど息が付ける。
だからといって長居はできない。いつ幼馴染が尋ねてくるやもわからないのだ。
帝人は押し入れを開け、そこにあった薬などが入った箱を取りだした。
移動してばかりの帝人は必要最低限の荷物しか持たない。ゆえに、時折補給する為に自室に戻る必要があった。購入して補えばいいと後輩は言っていたけれど、どうも池袋に来てからの節約生活が身に沁み込んでしまっている帝人は頷けなかった。後輩にはどこの主婦ですかと呆れられたけども。
ガーゼに消毒液、絆創膏の箱と包帯に湿布。自分でもよく揃えているなと思いながら、必要なものだけを取り出していく。


( 手当てしてやる )


脳裏を掠めた声に口元が僅かに歪んだ。
あの日の事はふいに想い出す。
無骨な手が繊細に疵の手当てをしていく様は凄く新鮮で少しだけ感動した事も、意外と強引なところが彼にあることも、止まない雨音も、疵の痛みも、雲の隙間から浮かんだ月も、――月光に照らされた美しい金色も。
忘れてはいない。未練がましいけれど、忘れられなかったのだ。
あれから大分時は過ぎたけれど、彼とはほんの数回しか会っていない。しかしそれもただ偶然出会い、挨拶を交わし、数言だけ話して別れるようなそんなもので。
結局意識しなければ、出会うことのない2人なのだ。帝人も彼も。
自分の頬に手をやれば、真新しいガーゼでまだ血の滲む疵が覆われている。
彼が手当てをしてくれた疵は癒えても、また新しい疵が脆弱な身体に刻まれていく。
強くなりたい。大切な2人が戻ってこれる、そんな場所を取り戻す為に、強く。
願って、誓って、乞うて、―――それでも、
変われなかった。
(ごめんね、青葉君。やっぱり僕は嘘を吐いた)
暴力に塗れた日常で、ふとした瞬間にあの日月明かりの下で彼との距離を愛おしくも切なく想っている自分は、何も変わっちゃいない。
だからこそ、彼に会うのが怖いのだ。
充分だと思い込んだ気持ちが否定され、嘘にされるのが怖くて。




――― カン、




静寂に響いた音に、ぎくりと身体が強張った。思わず振り返りドアを凝視する。




カン、カン、




はっきりと聞こえるようになった硬質な音がどんどん近づいてくる。気のせいでも何でもない。誰かが帝人の部屋を目指して、真っ直ぐに歩いてきているのだ。
帝人は無意識に身体を小さくして、息を殺した。視線が古びたドアに吸い寄せられ、聴覚は響く足音にそれぞれ支配されたまま、帝人は身動ぎ一つすらできなかった。
やがて足音が帝人が見つめるドアの向こう側で止まった。
留守を書いた紙はまだ張り付けたままだ。鍵も、万が一の為にしている。泥棒でもない限りは、無理矢理押入られることは無いだろう。最もこんなボロアパートに入り込む泥棒がいればの話だけれど。





「―――竜ヶ峰」





どくり、と心臓が鳴った。





なんで、どうして、そんな、違う、だって、
思考が疑問と否定を繰り返す。瞬きすら、恐ろしくてできなかった。
「竜ヶ峰、いるんだろ」
ヒュッと喉が鳴り、思わず掌で己の口を塞ぐ。強張った身体が徐々に震えだすのが煩わしくても、帝人にはどうすることもできない。ただ、気付かないで、どうか立ち去って、そればかりを願って、古びたドアの向こう側を見つめる。
そんな帝人を嘲笑うように、コツン、とドアが叩かれた。万の力を持つ彼が出すには酷く弱々しい音に、ああ彼は必死で我慢しているのだなと片隅で思った。
「・・・・お前と、話がしてぇんだ」
瞼を硬く閉じる。ドアの向こうで彼がどんな表情をしているのか帝人には到底わからない。わかりたくなかった。――知ってしまったら、きっと全てが駄目になる。帝人の決意も、誓いも、願いも、想いも。
「出来れば、顔を見て話がしてぇ」
なあ、竜ヶ峰。
穏やかな声音に、池袋に住まう人達が思う『平和島静雄』は何処にも居なくて。そんな彼らが知り得ない彼を知っているという仄暗さを伴った歓喜が湧き上がる自分に吐き気がした。
(いやだいやだひどいこんなもう充分だってそう想って)
「竜ヶ峰」
作品名:愛なんて、 作家名:いの