贈り物
何も昔から見てきた風景と変わらない部屋。
そんな場所で俺は、楽しそうにキッチンに立つアーサーの後姿を見つめた。
薔薇のジャムを作ったと言って、独立して仲直りしたあのときから毎年、俺に自分で育てたそのジャムを、自分のお気に入りの紅茶に入れて飲ませてくれる。
それが毎年のことで、もう数百年続いていることだから、どうせ彼の何時もの世話焼きだろうぐらいにしか思っていなかった。
「ねぇ、アーサー……待ちくたびれたんだぞ、まだなのかい?」
急かす様に自分の頬を膨らませ、読んでいた雑誌を座っていたソファに投げる。
それでも、彼からの反応はなくて、彼はただ黙々と紅茶を飲む準備だけをしていた。
それにムッとした俺は、そのソファから立ち上がり、彼の傍まで向かう。
だけど、一向に彼は俺に気づこうともしない。
いつもなら、少しの気配にも敏感で、フランシスとかアントーニョとかが近寄るとすぐ振り向くにも関わらず。
背後に立っても気づかない彼に、俺は軽く溜息をついて、後ろから彼の顔を覗き込む。
「アーサー?」
顔を見るとぼーっとした顔で、ジャムの入った瓶を眺めていた。
覗き込んでも気づかないほど、ボーっとしてるのも、珍しい。
ただ、そのまま引き下がるのも何か癪なので、彼の肩に自分の顔を乗せる。
「何、ぼーっとしてるんだい?」
それに気づいたのか、はたまた声をかけられたことに気づいたのか、目線はそのままで、アーサーがふと笑う。
「ん?
ああ、なんだ、待ちくたびれたのか?」
顔を合わさず、瓶を眺めたままの彼。
いつもの彼なら、こういう状況は慌てふためくのに、ソレすらもない。
俺は自分の中のその違和感を押しつぶすかのように、彼の腰を抱く。
「遅すぎるんだぞ。
紅茶は美味しいけど、この待ち時間が苦手なんだぞ。」
俺がした行動に対しても、一切のアクションもなく、ただされるがままのアーサーに、少し不安を感じた。
いつもの態度とは違うと、何故か不安になる。
俺の言葉にクスリと笑ったアーサーは、瓶の蓋を開けた。
瓶の中から、甘い匂いと、ポットから心地よい紅茶のにおいが混じり、俺の中で、何か少しリラックスするような感覚に囚われた。
「この薔薇でジャムを作れるのは今年で最後だなぁ……。」
ポツリとそう零す彼の顔は、少し寂しそうな顔だった。
それに苦笑いすると、俺は彼の髪に擦り寄る。
「何でだい?
確かに、今年は少なさそうだけど……。」
ひょいと、その瓶をアーサーから取り上げて、中のジャムの匂いを嗅ぐ。
毎年同じような匂いだったのに、今年は何故か少しだけ香りが少ない気がした。
「ああ、薔薇の花を取った後、その薔薇……枯れちまったんだよ。」
その言葉に、見上げてくる彼の顔は寂しそうだった。
「だから、君はそんな顔してるのかい。
特別な薔薇だったの?」
ティーカップと一緒に置いてあった、ティースプーンを取ると、瓶の中に入れて、ジャムを掬うと、そのまま口の中に放り込む。
いつもと変わらない味。
ジャムだけは毎年、うまく作る。
ジャムだけは。
「……お前と仲直りした次の年に植えた薔薇だったんだよ。
ずっと長生きしてくれたし、何より俺の大事な薔薇だった……」
俯くようにいう彼を瓶とスプーンを置いて、大事そうに抱きしめる。
なんか、彼も一緒に消えちゃいそうな気がしたから。
何も言わない俺に、アーサーは抱きしめる俺の腕をぎゅっと掴むと、泣きそうな顔で、俺を見上げる。
「普段、他のジャムは食っても、薔薇のジャムは食わねぇお前が、コレだけは食ってたのが、なんか嬉しくて、毎年の習慣になって、それが当たり前になってたな。」
今にも泣きそうな顔で、笑う彼の顔が切なかった。
その薔薇から作られたジャムだっていうのもあったけど、それだけじゃなくて、俺もあの薔薇には思い入れがあったからね。
俺と仲直りしてから植えた薔薇だっていうのは分かってたから、いつもアーサーの家に来るときは、その薔薇にお願いしてたんだ。
俺が傍にずっと入れない分、綺麗に咲いて彼を喜ばせてあげて欲しいって。
昨日までは、あんなに綺麗に咲いてたのに。
「ああ、そうだ、もう枯れちまってるけど、種があるか調べてたら、こんなのが出てきた。
石っぽいんだけど。」
アーサーがポケットから何かを出すと、うちの国で販売しているチョコレート菓子のm&m'sピーナッツぐらいの紅い丸い石が二つ、キッチンのテーブルにころりと転がった。
それをひょいと手に取ると、何かの石のように硬く、まるでルビーのように綺麗だった。
石をじっと眺めていると、アーサーも釣られてそれをじっと眺めるのに、軽く笑った。
「ねぇ、アーサー……、これでアクセサリー作ろうか。
二人、御そろいのでもさ。」
俺の言葉に目を丸くしてびっくりしたアーサーは、慌てて体の向きを変えて、マジマジと俺の顔を見きた。
「俺と仲直りの記念に植えた薔薇からの贈り物だよ。
ずっと大切にしたいじゃないか。」
そう言って笑うと、アーサーも嬉しそうに笑い、そんな彼を抱きしめなおす。
「そうだな、いっそ指輪にしようか。
人と同じようにはなれないけれど、この命が続く限り、君の事愛していきたいんだ。
その証として、この石を指輪にして君に送りたいんだ。
その時は受け取ってくれるかい?」
目に涙をいっぱい溜めて、見上げてくる彼に微笑むと、そのまま彼の額に口付ける。
それに、顔を赤くして俯くと、アーサーは俺を抱きしめてきた。
「答えなんて決まってるだろ、ばかぁ……。
俺だって、お前と同じ気持ちだ―――」
消えそうになるくらいの声でいう彼に笑って、彼の顔を無理やり上げさせると、そのまま軽く彼の唇に口付ける。
「じゃあ、明日はその石を持って、二人で出かけようか。」
笑いながら、俺はそう言うと、彼も真っ赤な顔で睨みつけるように俺を見上げる。
「アルが、夜無茶しなけりゃ、出かけられるんだけどな。」
不適に笑っていい放つ彼が可愛くて、力をこめて抱きしめる。
「こういうときは、菊風に……善処するんだぞ」
「お前なぁ……」
くすくすと笑う俺に、呆れた笑い声でアーサーも強く抱きしめてくる。
それが心地よくて、今夜は無理しちゃいそうだなと思ったのは、アーサーには内緒。
それから俺とアーサーは、その薔薇のジャムで紅茶を飲みながら、次の日の予定を話してた。
素敵な最後の贈り物をくれた、薔薇に感謝しながら―――。
END