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【C79】合わせ掌遠い夜【瀬戸内新刊サンプル】

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「ひとつ、ふたつ、みつよっつ。いつつむっつでななつがうつつ」
 打ち寄せる波とともにうたってやれば、波間から一声(ひとこえ)。
「悪かねえな、歌もよ」
 盗み聴きとは悪趣味な。胸の内でひとりごちた毛利は仰ぎ見る。
「貴様にと思うたか」
 月があった。
「ああ、思った」
 黒い空に白い月。真逆。それすなわち、対のもの。
「死ね」
 波打ちつける巌(いわお)を隔てて在る彼らもまた、対のもの。
 対のものというのは往々にして互いに引きつけ合い、かつ突き放してもいる。引力、という得体の知れない力が働いているためだ。引力とは潮の満ち引き。此岸(しがん)で満ちれば彼岸じゃ引いて、彼岸で満ちれば此岸じゃ引く。両の岸は決して同じ様に濡れない。
「あんたァいっつもそう言うが、そんなら早く、殺してくんなよ」
 真逆であり対でもある者共が、死ねと言えば殺せと言う、物騒な遣り取りをひとつ。今この時は戦にまみれ血の溢れる様な頃であるから、これ位のこと、どこにだってある。珍しくも思えない、茶飯事。
「大人しく殺されればよいだけの話」
「誰に?」
「我に」
「……だよなァ」
 にぃ、と上がった口角に細められた右の目。この物騒な遣り取りを心底楽しみにしていたとでも言わんばかりの笑みが長曾我部の面(つら)を覆う。戦場で昂りを抑えきれなくなると見せるそれは紛うこと無き鬼の面。
 “中国の毛利に張りつくは氷の面であるならば、四国、長曾我部が被るは鬼の面”。
 戦場で相対するなり死ねだの殺すだのと口にし斬り結ぶ彼らの形相は平生より遠く離れ、まるで面を着けた様なのだと言う。何処の誰が言ったか、知らないが。
「貴様が我と同じ時を生者として過ごすのも此処で終いよ。……一時(ひととき)に瀬戸内を治める者は一人でよい」
 争う者同士であるのに対として扱われる、同じ海を欲しているが故に。しばしば受けるそれを毛利は酷く嫌がった。
つい先日も豊臣より遣わされたのだと主張する仮面の男に、長曾我部と協力するべきである、戦乱の世であるからこそ競り合いを止め、自分達の軍勢に加わり共に日ノ本を平らかにしよう、とさもそれが当然かの様に言われたのを冷笑したばかり。
「独りでよい」
 毛利は辟易している。己と結び付けられる存在など、彼には必要無いのだ。彼には、彼の身、そして天に輝く日輪さえあれば、事足りる。
「故に、死ね」
 取り出した輪刀を足下から夜闇へ向けて振り抜けば、毛利の眼前で巌がすっぱりと両断された。あまりにも容易に斬れたことへ違和感でも抱いたのか輪刀を掲げた格好のままでいたが、それも一瞬。斬られた巌の間より長曾我部の姿を認めるや否や駆け、勢いそのままに斬りかかった。
 斬れる肉。
 断たれる骨。
 黒い装束。
 白い己。
 赤いはずの血。
 一気に毛利の視界へ流れ入るものたちは、それぞれどこか、なにかが合っていない。無音。闇。月の無い。平らな海。なくなった夜。地は黒色、血は黒色、毛利の真白な袖に具足に染み、呑み込まんとす。死骸は骨となり灰となり影もかたちもなくなったはずであるのにわらう。
「これは、なんだ」