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【放浪息子】高槻くんと千葉さんで掌編

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「こんど伸びたら、わたしが切ってあげましょうか」
 うしろの席に座っていた千葉さんが、そう言って、短くなったわたしの髪をひとふさ手に取った。ひゃっと大きな声が出た。バスの中だったので、周りにいたおばさんやおじいさんや小学生、よその中学の子も、一斉にこちらを向いた。耳までかあっと熱くなる。
 「変な声ださないで」
 「いいい、い、いやだ、やめてよ」
 「どうして」
 千葉さんの指が、わたしの髪をくるくると絡ませて、
 「……ちゃんとお店で切るから」
 降りてきて、えりあしを撫でている。
 「かっこよくしてあげるのに」
 たぶん千葉さんはわたしのえりあしの感触を楽しんでいた。短くしたばかりのえりあしを触って、そのかたちを確かめることが、わたしも好きだった。
 触れられるたび、思わず肩が強張る。
 「…かっこいいとか、よくないとか、千葉さん最近、すぐにそういうこと言う」
 「気に入らないの?」
 「どうしてそういうこと言うの。馬鹿にしてるの」
 千葉さんの指が動きをとめた。離れた。大きなため息がひとつ。
 振り返ると、いつものように、眉間にうんと皺を寄せた顔をしている。
 「高槻さんの考えることって、卑屈だわ」
 そう言って目を伏せた。
 「それに、つまらない」
 「―――」
 わたしの頭が、またのぼせたようにかっと熱くなった。何か言い返したかったけど、言葉をうまくつなぐことができずに、あきらめて前を向いた。こんなとき、立ち上がって殴りつけることでもできればよかったのかもしれない。けれどそんな千葉さんみたいなこと、わたしにはきっと無理だった。
 わたしたちは黙った。バスの中はもうもとどおりになっていた。わたしの声にびっくりして目を覚ましたおじいさんは、杖に顎をのせてもういちど居眠りをはじめ、小学生たちはゲームに熱中していた。千葉さんとわたしはよその人どうしみたいに、それ以上言葉を交わさなかった。
 千葉さんがどんな顔をして、わたしの髪に触れていたのか、考えた。きっとあの、世の中のどんなものにもまるで興味がないみたいな、うすぐらい目をしていたはずだ。わたしの髪を切りたいと言ったときだって、そうだったに違いないのだ。

 死にたくなる、千葉さんはよくそういう言葉を口にする。
 世の中ほんとうに不愉快なことばかりで、死にたくなるの。
 死ぬなんてこと、やたらに言うもんじゃありませんって、わたしは小さいころお母さんに言われたことがある。きっとそれはとても大変なことなのだろう、だから言っちゃいけないんだろうって、わたしも子供心にそう思った。だから、千葉さんがなにかにつけ死にそう死にそうって繰り返すのを見て、わたしはとても驚いたのだ。本気でそんなふうに思いながら生きている気持ちを、わたしはうまく想像できなかった。
 がたんがたん、わたしたちを乗せたバスが小刻みに揺れている。
 えりあしはすうすう寒いのに、からだの熱がいつまでも冷えない。心臓の音と震えがおさまらなくて、唇を噛んだ。
 死にたいって、こういう気持ちのことだろうか。