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【APH】ドキュメント3【日湾】

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 どうしたって届かない。
 いくら頑張って追いかけても、届かない。息切ればかりの私を時折顧みて、振り返って彼は私の手を取ってくれる。その些末な行動が嬉しくて、けれどその行動が情けなくて、早く彼に見合う存在になりたいと願った。しかしそれも過去のこと、願っても、努力を行っても私は未だに彼に見合わない。その現実に、情けないどころか切なくなってしまう。
 朝、目を覚まして鏡を見る。鏡面の奥に映るのは、長く伸ばした髪と黒い瞳、彼から貰った髪飾りをつけると目覚めたような気分になる。すっぴんの顔に化粧を施していくと、飾り立てた自分が出来上がっていく。もう既にごちゃごちゃと飾り立てた時点で彼とは見合わないのだ。けれど、飾り立てないと己としての何かが終わってしまいそうで、息苦しくて、呼吸さえ出来なくなってしまいそうなのだ。それほどまでに「好き」だ。髪を結って、パリッと糊が張ってあるシャツに袖を通す。仕事だ。前日に見た夢が、過去の出来事だったとしても今日は確実にやってくる。過去ばかりを振り返っている暇は無い。
「あ、…電話、しなきゃ」
 昨日の夜、彼女が眠ってしまった後にかかってきていたらしい電話のメモを見て呟く。本田様からと達筆な字で書かれたそれを手に取る。シャツ一枚だけ羽織った姿は窓ガラスに反射していて酷く所帯染みていた。ベッドの上に準備されたストッキングを履く、スカートを穿くと、漸く目が覚めてきたような気がする。仕事場に出るときにはスーツを着る。これは、私のけじめだ。会議がなくともあろうとも、私として存在するために必要最低限のことなのではないかと思うから。ゆるゆると不味いインスタントコーヒーのための湯を沸かしてテレビをつける。そこでインターホンがなった。ピンポーン、
「…え?こんな時間に…誰」
 白黒の不鮮明な画面の中には彼女と同じようにスーツを身に着けた本田菊が居た。まさしく彼女の想い人とであると同時に昨晩の夢の登場人物でもあった。電話を掛けようと思っていた矢先の出来事で動揺した。小さく彼女がえ、と漏らすとそれがまるで聞こえたかのように画面の中の彼は頭を掻いて苦笑いをした。
「…は、お待たせしましたっ」
『朝早くすみません』
 インターフォンの向こう側の本田の声が受話器を通して聞こえる。昨日、近くで会議があったんですと、まるで言い訳のような言葉を放った後に逡巡して、彼は言う。今お時間大丈夫ですか?
「は、はい全然大丈夫ですっ。今、降りますね」
『ゆっくりで構いませんよ』
 慌ててジャケットを羽織り、玄関に昨日から脱ぎっぱなしになっていたパンプスを引っ掛ける。玄関の鏡の前で変な髪形になっていないかどうか、確かめてから、外に出る。マンションの廊下から覗き込んで下を見ると、朝日に眩しそうに瞳を細めている本田の姿が見えて、スーツで身動きが取りにくいと分かっているのに彼女は思いっきり手を振った。
「おはようございます」
「おはようございますっ、本田さん」
「朝早くすみませんでした。」
「これからお仕事ですか」
「ええ、ちょっといって来ます」
 どうして私のところに、と呟いたところで、彼はやんわりと笑った。スーツを着た彼女の姿を上から下までじっと見つめて、どうしてでしょうねと言う。あんなに夢の中では小さくて幼かったのに、こんなに大きくなってしまって、私の手の届かないところにまでなってしまいそうで、確かめにきてしまいました。彼女が大好きな、胸の奥に、じんと響く低い音、昔から変わらないその音には少し余裕が無いように思えた。
「貴方の顔がみたくなって、無理してみました」
 嗚呼、彼女は思う。届かないのは私だけではなかったのだ。
 貴方にも届かない。私にも届かない、だから不安になってしまう。好きだといったことなんて一度も無いけれども、嫌いといったことも無いこの関係、兄妹からきっと一足飛びに恋愛関係になることは無いだろう。けれど、会いたいと思ってくれるような存在になれて、同じ夢を共有できている。それだけで十分ではないだろうか。
 
 
 
「いってらっしゃい、本田さん」


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