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不動と鬼道 1

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「やぁ、不動君」

 皆が仲良く飯を突っついてる時に、俺が一人きりなのは
 日常化されていたが、今日は違ったみたいだ。

「なんだよ基山君。相変わらず、馴れ馴れしいな」

 どうせ話しかけた理由は、まだチームに馴染めていない
 俺を同情してか、またはチームメイトの信用を、かおう
 としているのだろう。そんな奴は、何人もいた。

「冷たいなぁ。隣、いいかい?」

 憎たらしい口調に全く動じず、基山は笑顔だった。
 そして返事も聞かずに腰を落とす。ってか、何が
 楽しくて男と飯を食べないといけないんだ。
 自分の状況を呪い、ため息をついた。

「不動君、なんだか顔色が優れないみたいだけど大丈夫?」

 お前のせいだよ!!と内心激しい突っ込みをしたが、
 こいつと話すのも面倒になり、再びため息をついた。

「手前には関係ねぇよ」
 
「そんなこと言わないでよ、悲しいな。・・・あ」

 心にも無い事を基山は言うと、何かみつけたのか、こちらと
 交互にチラチラと目配りをした。

「ッチ・・・・・・何見てんだよ」
 
 なんとなく目線を追ってみると、チームの司令塔、鬼道有人が
 いた。どの席に座るか戸惑っているようだ。ったく、練習の後に
 モタモタ片付けなんかしてるから遅れるんだよ。マネージャーに
 任せればいいじゃねえか。いつもいつもコート整備も1人で
 やってるし、それに・・・・・・

「鬼道君のこと、気になる?」

<カシャン>

 なぜか、手に持っていたフォークを落としてしまった。

「気になる訳ないだろ?!ど、どういう意味だよ!!」

 わかりきったことを、と言って基山はクスリ、と笑った。

「不動君、いつも鬼道くんの事見てるじゃない。さっきも、さ」

「うるせぇっ!!!」

 気付いたら拳を突き出していた。なかなか癖は治らないものだと実感した。
 しかし、あっさりと片手で受け止められ、強く握り返された。

「いっ・・・・・・」
 
 あまりの痛さに声がでる。

「あまり、僕を甘くみないでくれるかな?」

 基山は黒笑した。情けなく俺の手は震える。

「ヒロトっ!何をしている!!」

 振り返ると、鬼道が緊迫した表情で立っていた。すると基山は高らかに笑った。

「ちょっとからかってただけだよ。それより、まだ僕のこと信用してなかったり
 するのかな?・・・・・・じゃあね、不動君」

 あっけなく話を終了させると、踵を返して基山は外に出て行った。

「あいつ・・・大丈夫か?不動」

 鬼道は心配そうに俺の顔を覗き込む。俺は震えの止まらない手に力を入れた。

「なんともねーよ」

 するとホッとしたように鬼道は顔を緩めた。

「・・・・・・隣、いいか?」

 さっきまで基山がいた席に鬼道は手をかけた。アイツと違うところは、
 ちゃんと俺の返事を待ってくれているところだ。

「好きにしろよ」

 流石に邪険にする訳にはいけなかったので、承諾した。

「すまない」

 鬼道は微笑すると席についた。肩が軽く触れる。基山がいる時は、そんなに
 意識していなかったが、少し近いんじゃないかと思う。

「おい、お前、飯がバラバラじゃねぇか!」

 机の上に置かれた鬼道のトレーの上は、同じ食事メニューとは思えないほど
 荒れていた。

「ん・・・?あぁ、さっきここまで走って来た時になったんだろう。
 俺の不注意だ」

 まるで、今気が付いたという雰囲気だった。後々考えてみれば、
 鬼道がトレーを必死にガチャガチャいわせながら走る姿は、
 緑川風に言うと、笑止千万だが、何故か今は笑えなかった。
 俺の表情を読み取ったのか、鬼道は心配するな、と微笑んだ。

「食えない訳ではない。気持ちの悪いものを見せてすまなかった。
 すぐに片付ける」

 色々混ざって、訳の分からないものを、鬼道は躊躇いもなく
 口に運ぼうとした。

「んなもん喰うなよ」

 鬼道の腕を引き寄せ、俺は阻止する。

「問題ない。離せ」

 鬼道は意地になったのか、手を振りほどこうとする。

「駄目だ。お前は俺のを喰え」

 そういって殆ど手付かずの自分のトレーを鬼道の方に寄せる。

「っ・・・・・・俺の不注意だと言っただろう。そんなことをして
 もらう筋合いはない」

 俺の意図に気付き、鬼道は困惑した表情になった。

「面倒くせえな。さっさとしろよ。俺は2、3日くらいなら
 何も食べなくていいんだよ!!」

 鬼道がハッとした表情でこちらを見てきた。失言だったか、とそっぽを向く。

「・・・・・・・・・不動、それは、いつの話だ」

 一言一言選びながら、俺を傷つけないように鬼道は言った。

「・・・昔の話だよ」

 嘲笑して返事をした。俺の親が離婚した時、母の収入だけではとても生活
 出来なかった。だから食事も満足に摂れなかった。それだけの話だ。

「すまない。変なことを聞いてしまって・・・・・・・・」

「変なことってなんだよ」

 そういう意味ではないことぐらい分かっていた。だけど、
 自分の過去を「変」と批判された気分になった。
 鬼道は憂いを含んだ表情で言った。

「お前の嫌なこと、だ」

 力の無い、か細い声に、俺は声が出なかった。
 そして鬼道は綺麗なトレーを俺のほうへ戻して言った。

「頼むから、もう自分を犠牲にするようなことはしないでくれ」

「なんで、そんなに俺にかまうんだよ」

 自分の利益以外で優しくされたことが無かったので、驚いた。

「お前が俺に似ているからだ」

 淡々と鬼道は言った。しかし、どこか悲しげだ。

「・・・意味分かんねぇ」

 似ている、と一言でまとめられて腹がたった。

「鬼道ちゃんみたいに愛され続けてエリートなお前と俺が
 似ている訳ないだろ!!」

<パシッ>

 右頬に刺すような痛みがはしる。

「俺のことをよく知らないくせに言うんじゃない!!!!」

 俺を叩いた左手を抑えながら鬼道は言った。

「・・・いってーな」

 俺が睨むと、鬼道はショックをうけていた。

「鬼道」

 その時、チームのキャプテンがようやく止めに入った。

「円堂・・・・・・・」

 キャプテンは、なにも言わずに首を左右に振る。

「不動、悪いんだけど、先に練習に行っててくれるか?
 鬼道は今日休ませる」

「円堂っ・・・・・・俺は平気だ!!!」

 鬼道は反論した。

「不動のこと考えろよ」

 しかしキッパリと釘を刺される。

「いいな、不動、鬼道」

「しかし・・・・・・・・」

「分かったよ、キャプテンさん」

 頭を掻きながら俺は食堂を後にした。しかし、俺がなにをしたっていうんだ。
 今日の運勢は最悪だな。それを振り払うように手早く靴紐を結びなおして
 外に出た。