パイナップル チョコレート
長い石造りの階段を、登る。
「やったー! 勝ちね! グ・リ・コ!」
子供の頃よくした遊びをしながら、軽快な足取りで、笑う。
「ワコォ? さっきからグーしか出てないよ、気付いてる?」
見上げてくる赤い髪の少年も、笑う。
「知ってるー! タクトくんは優しいね」
三段だけ登った先で、くるりと振り向いた。
もう少し登れば、自分の家である神社の鳥居はすぐそこだ。
「はい、もう一回!」
右手を掲げ振り回すと、彼は「仕方ないなぁ」と溜め息混じりでまた笑った。
「はいはい、じゃーんけーん…」
同じように右手を掲げ、振り下ろす。
それはどこか、あの全ての時間から隔離された異質な空間で、彼が振るう剣の動きにも似ていて、ギクリとした。
「…ぽん!」
相変わらず握り締めたままの右手と、相変わらず二本の指しか伸びていない右手。
「はい、また私の勝ちー! グ・リ・コ! …っと」
「はは…」
あの歪に静止した空間を思い出したことなど露ほど見せず、また、軽やかに三段、石段を登る。
振り向いた先には、赤い髪の少年と、その背に広がる大きな青い海と空。
私は、この風景を、あいしている。
『ワコなら、東京に出てもきっと上手くいくよ』
フワリ、風が吹いて、髪を揺らした。
海と空の青に導かれて浮かぶのは、幼馴染みの優しい言葉と―――諦めた目の色。
「ワコ?」
ふと黙り込んだ私を不思議に思ったのか、何段も下にいるタクトくんの声が固く強張っていた。
「……ねぇ、タクトくん」
青色の髪と目を持つ幼馴染みは、昔から、自分を守ってくれていた。
赤色の髪と目を持つ新しい友達は、今、彼と一緒に自分を守ってくれている。
優しい優しい、ふたり――――私だって、守りたいよ。
「なに?」
「――――あの人を、連れて行ってあげてね」
きっと、一番望んでいる、そうして一番、諦めている、彼を。
貴方が、連れ出してあげて。
「……ワコ?」
「自由に、してあげて…幸せに、してあげて、ね?」
真っ直ぐに、タクトくんを見下ろす。
真っ直ぐに、タクトくんが見上げる。
自由にしてあげたいのに、私はそれを叶えてあげられない。
私が、皆水の巫女である限り。
彼が、王のスタードライバーである限り。
そうして、この人がいれば、それを叶えてあげられるかも、しれない。
彼が、タウバーンに乗り続けてくれるなら。
…本当は戦って欲しくなど、ないけれど。
「……誰のことを、とは聞かない方がいい?」
「そうだね…だって、タクトくんも含まれてるから」
「……え?」
そう、これは私のただのエゴだ。
孤独な王様に自由に、幸せになってほしい。
と同時に、騎士のような彼にも、自由に…幸せになってほしい。
二人の幸せが、共に在ることであるなら、私のことなど気にしないで、この島から旅立って欲しい。
「二人とも、幸せになってほしいの」
「――――それにワコも含めてくれないの?」
「……え」
「じゃんけん…」
タクトくんが右手を掲げ、数回振り下ろす。
私もそれに倣って、右手を掲げる。
「ぽん!」
右手は綺麗に伸び開き、もう一方の右手は、変わらず握り締めている。
「はい、僕の勝ちー。パ・イ・ナ・ッ・プ・ル…っ、と」
軽快な足取りで石段を登り、あと一段で並ぶところまでくると、タクトくんは真剣な目でこっちを見た。
「僕も『あの人』も、ワコのことを抜きにして考えられないよ。幸せ、なんて」
だから。
「そんな悲しい目をしないで、笑ってて? ワコは笑ってる方がいい」
笑う赤色の瞳に、泣きそうになった。
「タクトくん…」
「…みんなが、幸せになれる方法を、探そう。僕は、諦めない。ワコもスガタも、二人とも解放する方法を、探す」
後ろを振り返り、海を見つめる赤い髪が、滲んだ。
「僕は二人とも、大好きだから、さ」
おどけた調子で振り向いたタクトくんは、笑っていた。
「……そう、だね」
私もつられて、笑った。
タクトくんの言葉は、半分本当で、半分は嘘。
彼の一番は、あの人で、あの人の一番も、彼。
『ふたり』で始まった世界がいま、『ふたりとひとり』になった気がした。
それでも。
「私も、二人とも、大好きよ」
笑って告げる。
『しあわせになって』
「さ、あと少しだ。じゃーんけーん…」
海から吹きつける風が、タクトくんの赤色の髪を撫でていった。
次に出す手は、もう決まっている。
―――――――――end.
作品名:パイナップル チョコレート 作家名:葛木かさね