二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

【ヘタリア腐】Scarlet Knight【サンプル】

INDEX|1ページ/1ページ|

 
「いかがしたか、〝我が国(イングランド)〟?」

 便宜上つけられた人としての名前でなく、少年の本来の名──それこそ魂の根幹に刻まれたと言うのは比喩でなく、道理とも真理とも言える真実であるほか何物でもない──を傍らに馬を寄せた男が呼んだ。それを意識の端で聞きとめていながら、しかし『イングランド』は応える素振りを見せない。
 否、応えようとはしていた。しかし、少しばかり思考から剥離していた意識が唇を鈍らせ、結果なんのいらえも返せなかったのである。
 男は勇猛と評されるに相応しい精悍な相貌をわずかに崩し、先程と同じ問いかけを今度は異なる口調で繰り返す。
 我が国、と己を呼ぶ低い男の声には滅多に表に出さない困惑が滲んでいた。常に沈着な男にしては珍しい物言いだった。だがそれも致し方ないだろうとイングランドは意識の片隅で考える。彼は男がなにを危惧しているのか、重々承知していた。
 いくら戦場を離れたとは言え、此処は未だ異境の地である。
 引き連れた軍勢は数万。しかし英雄と謳われる敵将に率いられた敵は手強く、またこの半数は何かしらの怪我を負っている負傷兵だった。まして、なかなか降伏の意を見せない敵の尻尾を追って街から街へと転戦し、ようやく交渉の糸を掴んで戻る帰路の半ばを過ぎたところであった。残された糧食は乏しく、兵士の士気は疲労もあって下降の一途を辿っている。
 港に近い街に構えた居城では、今頃留守を任された同胞が先遣隊から知らせを受けて、彼らの帰りを今か今かと首を長くして待っていることだろう。しかし、その本拠地である街も昨年敵から奪回したばかりで、いつまた何時、いかなる敵に襲われて戦火にまみえるか知れない。
 身を隠せるような木立も何もない、実に地平線の果てまで見渡せるような開けた大地を通りゆくこの道中もまた然り、だ。気を抜ける場所でないことは、人であらざるがゆえに『人』としては長すぎる年月を生きて戦いの経験を積んだ彼自身が、指摘されるでもなく、この場にいる誰よりもわかっていた。

 だが…──

 ふと見上げた瞬間。目に留まった西の空ではゆらりゆらりと陽炎のごとき淡い炎を立ち上らせ、果てのない横一直線に広がる空と大地の境界線を紅く染めていく。
 幾多の海峡を過ぎた先にある、雨と緑に富む本国ではけして目にできないであろう、艶やかな紅。
 熟した果実にも似たそれは夜の帳が落ちるほんの一時だけ薄く天の端を染めた。
 昼と夜の合間、太陽が月に天の玉座を譲るそのひと時だけの夕暮れ。その儚さが、人だけでなく数百年を生きた『国』の目をも奪うのだろうか。
 王が『国』の本体でありその血肉でもある国土と国民を統治する限り、他の誰よりも何よりも優先すべきその言葉を、やんわりと聞き流してしまうことができるほどの魔力を持って。
 燃えるような空と沈むゆく太陽、朱に染まった大地。
 この数年で幾度となく見慣れたはずの光景が、なぜか今ひどく胸に染みる。
「───…マリア、」
 世界を染める紅の景色に目を奪われながら、少年は息をすることも忘れて、知らずその名を紡いだ。