幼子
唐突に、そう言われた。目の前にいる美しい金髪が印象的な少年は小さく首を傾げ
「ちゃんと聞いてた?」
まだ幼さの残る顔に柔らかな笑みを浮かべ、先ほどと同じように言う。
「私は、ずっと君を好きでいられるよ」
少年は私の顔を見つめ、やがて不満そうに口を尖らせた。
「…私が言ってもマンダレーラは私に返事してくれない。嫌い?私が」
彼の言うとおり、私は彼に何度「好き」と言われても返事はしない。嫌いだから、相手にしたくないからと云う訳ではなく、彼を好きになる事が怖かった。
恐怖するのは遅いと知っている。私は、彼が微笑みながら「好き」と言ってくる前から彼が好きだった。
私の胸元までしかない小さな体躯も、それに見合う為なのか幼く感じる思考も。頭は弱いが、そのくせ忠義心は誰よりも強く、信頼した相手、恩を受けた相手であれば何も考えずに命を投げ出してしまうかも知れない程の危うさ。それら全てを纏めた「ヴァジュリーラ」という存在が、好きだった。
「約束、する。死んじゃうまで、ずっとずっとマンダレーラを好きでいるから。ずっと、ずっと。本当に、ずっと」
少女の様に細い腕が、体に回される。幼子が親に甘えるかの様に、私の体に顔を埋める。
泣いているのではないかと不安になる。
彼の小さな体を抱き締めるのには、罪悪感があった。彼は私を好きでいると断言しているが、私は彼が好きなのか解らない。好きという事は本当だが、それは目の前に彼しかいないからかも知れない。そうでなければ、男性である私が、少女の様な見た目をしているとはいえ男性であるヴァジュリーラを好きになるはずが無い。
同じ人物の手で命を吹き込まれ、同じように戦いながら生き、同じように相手を見つめ続けた。私にも、恐らくはヴァジュリーラにも、互い以外の人物についての記録は無いに等しい。他の誰かを知ってしまえば、相手を好く気持ちも薄れるのかも知れない。だから私は、ヴァジュリーラの小さな体を抱く事ができなかった。
「…どうして、私を好きでいられると言い切れる?」
視線を落とした先にある小さな頭。顔は埋められている所為で、綺麗な金髪しか見えない。
「…ヴァジュリーラ?」
少し待っても、何も言ってこない。なるべく少ない動作で腕を動かし、ヴァジュリーラの顔を上に向ける。色白な肌に嵌めこまれた大きな瞳は、閉ざされていた。やはり泣いていた様で、頬が湿り気を帯びていた。安らかな寝息が聞こえる。
幼子の様な寝顔を見、まだ私が知っている「ヴァジュリーラ」の存在だと安堵した。