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あさめしのり
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novelistID. 4367
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狂宴のあとに

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狂宴のあとに



 三成を殺すのはたやすいと、かつて自分は思った。ただ見ていさえすればよい。そうすればこの男はひとりでに追いつめられ、窮地に死ぬだろう。
 だが、戦が終わった今、吉継は思うのだ。
 この男を生かすことが、なんと難しいかということを。
「まこと物事というものは得てして壊すはたやすく、維持するは難ききことよな」
 なぜ当たり前のことに気がつかなかったのだろう。世の中とはおしなべてそういうふうにできている。三成もまた、そうであったというだけのこと。
「なぜだ、なぜ…!」
 掴んだ家康の胸ぐらに、三成は突っ伏した。事情を知らない者が見れば、まるで家康の死を悼んでいるようにすら見えただろう。そう、ほかならぬ三成自身は知らなかったが、三成は三成自身のために決して家康を死なせてはならなかったのだ。


 秀吉公が亡くなり、台頭してきた家康を三成は許さなかった。彼はあの雨の日、家康への復讐を誓った。家康を倒し、秀吉への手向けとすることこそが、三成の生きる目的になった。
 三成はたいそうよく働いた。昔から人並みはずれてよく働く男ではあったが、秀吉の死をきっかけに、まるでタガがはずれたかのように働き始めた。秀吉の生前であれば、無理が続けば秀吉が一言「疲れた故つきあえ」と命じれば、三成は喜んで相伴しただろう。その言葉の主語がいずこにあるのかなぞ考えもせずに。だが、今となってはそれもかなわない。三成を心服させることのできる彼の唯一の神はすでにない。
 三成は順調に痩せていった。元々食に興味のない男ではあったが、秀吉の死後、まるでとりつかれたかのようにおおよそ人間らしい欲求を捨てた。食らう暇があるのなら豊臣に費やせと、金吾に吐き捨てたことがあったが、三成はまさにそれを実行してのけていたわけだ。金吾のごときは夢にも思うまい。まさか三成が、おおよそまっとうな寝食から遠ざかってまで働いているなどと。
 秀吉の死をきっかけにはずしたタガは、人としての形だったかもしれない。
 吉継とて、気にならなかったわけではない。三成は愛い奴だ。まっすぐすぎるほどにまっすぐで、それ故に他人の反感を買いやすくはあるが、吉継はそんな三成が可愛い生き物であるように思われてならなかった。
 それに、生かしておけば天下争乱の種にもなろう。吉継が望む平等な世界のためには、凶王三成の存在は都合がよかった。殺してしまうには惜しい。だから、吉継は東軍の誘いを断り、三成との友誼を理由に西軍についた。
 三成は、たいそうよく働いた。それこそ血反吐を吐くほどに働いた。西軍のほかの面々、長曾我部元親などは三成の体を案じていたが、三成はそれらの諫言を悉く退け一顧だにしなかった。
 だが、吉継は止めなかった。それもよいやもしれぬと、思っていたからだ。家康の復讐が、三成の生きる理由になるのなら。すべてを投げ出して、命を打ちやってしまうよりはよほどいい。三成の生き方は苛烈で、見ていて痛々しくはあったが、だがそれでも生きることに絶望してしまうよりはと、吉継は思った。
 願わくば、家康がゆるりと殺されんことを。
 吉継はそう願っていたが、だが天下分け目の戦いはやってきて、三成の手によって家康は討たれた。
「このむなしさは何だ。なぜだ、私は…私は」
 いつかこんな日が来るであろうことは予想していた。吉継は、家康の崇高な志も三成の愛憎相混じった激情も、俯瞰するように理解していた。
 だが、当人たる三成も家康も、互いが互いを討ったあと、どうなるかなど考えもしなかっただろう。それだけ必死だったのだ。目の前の戦に必死に、死にものぐるいにならなければ、この天下分け目の戦いの勝利者となることはできなかった。
 そして、どちらが勝ってもおかしくない、実力伯仲した戦いののち、生き残ったのは三成だった。
 家康を倒した今、彼はそれに気づいてしまった。自分が殉死を選ばず、家康への復讐を生きる目的にしたことを。復讐を理由にして生き延びようとしたことを。
 誰よりも強くあろうとしてきた男の、なんとかよわきことよ。
 宿願だった家康の復讐を果たし、憎い男の骸を前にして、三成は一体何を思うのか。
 少なくとも、満たされた、あるいはうれしい。達成感や喜びではあるまい。強いて言うならば、「なぜ」だろう。三成はきっと今、自問している。
 なぜ、秀吉様を殺したこいつを前に、私は呆然としているのか。なぜ、この男を殺したことに喜びを感じることができないのか。なぜ、私は無力に囚われているのか。なぜ、なぜ、なぜ。
 この男の思考の行き着くところは、なぜ私は秀吉様のいない世でのうのうと生きているのか、だろう。哀れ三成よ。秀吉の死とともにいっそはかなくなってしまえればよかったものを、この男は中途半端な強さがために、秀吉の復讐を誓い生き延びる道を選んだ。打倒家康は、なまなかなことではない。実現できる者はいかに天下広しと言えど限られてくる。だが、幸か不幸か、三成はそれができるだけの力を持っていた。
「秀吉、さま。……わたしは、」
 家康の胸を掴んだ拳が震える。薄い唇は血の色を失って、ちいさく主の名を呼ぶだけだ。
 とても、天下統一を果たした男には見えない。三成は、今や主をなくして戸惑うただの子どもだった。このまま放っておけば、この男は自ら首を掻き切ってか発狂してか、遅かれ早かれ死ぬだろう。
 世を混乱に陥れる凶王の死は、吉継の望むところではない。
「ヤレ三成、呆けやるな」
「…何?」
 三成のお守りはもう飽いたと思っていた。だが、吉継はかすかに痛みの走る皮膚を動かし、笑みを作った。
「家康を討った程度で満足しやるな。復讐はぬしの始まりにすぎぬ。わかるな、三成。太閤のご遺志は、いまだなされておらぬ」
「……ご遺志……」
「そうよ、こんなところでぬしに満足されては困るのよ。ぬしはまだまだ太閤のために働かねばならぬ」
「そうだ、わたし、私は…」
 ゆらりと三成の体が立ちあがる。その姿は見えない魔性の手に助けられるように不自然であったが、吉継にとって三成は不自然こそ自然であったから、何ら不都合はなかった。
「さよう。天下統一は世界進出のための足がかりにすぎぬ。太閤が望み、後継者たるぬしが継がずに誰が継ぐ?」
 三成の目に光が宿る。炯々と輝く両目は、この日の本を統べた。そして、すらりと伸びた両足で、今度は畏れ多くも世界へ踏み出そうとしている。
「秀吉様、どうかあなた様に代わり、私に世界を統べる許可を」
 だが、世界は広い。三成が生涯かけても征服しきれないほどの広さを持っていることを、吉継は知っている。三成に教えてやる気もない。もっとも、仮に世界を知ったところで、怖じ気づくような男ではないが。
 だから、吉継はけしかける。三成の命つきるその日まで。
「行くぞ、刑部。もたもたしている暇はない」
「あいわかった」
 三成は、家康の亡骸から手を離し、いともあっさりと打ち捨てた。先ほどまであれほど執心していたのに。それはまるで、おもちゃに飽きた子どもが投げ捨てるかのような仕草だった。
 それから三成は家康の亡骸を越えて、再び歩き始めた。その痩せた背中は、再び生きる目的を得て、白刃のごとく鋭く輝き始めた。
作品名:狂宴のあとに 作家名:あさめしのり