聖なる夜のマジック
もうすぐクリスマスだから。
平凡で、お人よしで、純情で、
それゆえに誰からも愛されてしまう君に。
俺から絶対に逃げられない重厚な鎖を。
「…なんですか、これ。」
品の良いレストランに帝人くんを誘って、食事を一通り終えた後、俺は鎖を帝人くんに見せた。
その第一声がこれだ。
もう少し驚きの反応が欲しいところだ。
まぁ、俺の予想を裏切ってくれるところはさすが帝人くんだと思う。
「見てわからない?」
「そりゃ、わかりますけど…。」
帝人くんは言葉を濁した。
そう、これは君には立派すぎるほど重たい鎖だ。
帝人くんは白いテーブルクロスに置かれたそれに、手を伸ばそうとはしない。
「こんな大層なものを、僕にくれる理由がわかりません。」
そりゃ驚いた。
それはつまり俺の愛の深さをまだわかっていないということだ。
「…理由?」
「はい。」
「俺が君を好きだから、それじゃ理由にならない?」
「っ。」
帝人くんの頬が朱に染まる。
「俺はねぇ、たぶん俺が思う以上に君を好きになってしまったみたいなんだ。」
「なっ…何を突然…。」
「突然じゃないよ。」
ずっと、帝人くんには言ってたはずだ。
好きだ、愛してる、俺の物になって、俺を見て、俺を愛して、俺と生きて、と。
帝人くんはいつだって本気にせず「はいはい、」と笑って、
・・・笑って『頷いてた』。
例え今さらそれが『本気だと思ってなかったんで』なんて言い訳されても俺は知らないよ。
俺の愛の告白をいつだって帝人くんは苦笑して受け入れてくれたでしょ。
なのに、いつだって俺以外の人を優先するから。
帝人くんにそう言えば、きっと「ちゃんと臨也さんを優先しましたよ。」と言うだろうけど、
全然足りない、全然足りないんだよ。
俺の思考回路はいつだって帝人くんのことでいっぱいなのに、どうして帝人くんは俺のことでいっぱいになってくれないんだろう。
「ぼ、僕には受け取れません。」
「なんで?」
「なんでって、だ、だって…。」
「俺のことが嫌い?」
「そういうわけじゃ…。」
「じゃぁ、貰ってよ。すごく高かったんだ、それ。」
帝人くんが鎖を付けたとき、それが出来るだけ重くなるように、高価なものを探した。
「っ、余計に貰えません。」
「そっか、じゃぁそれはゴミ箱行きだ。」
俺がそう言うと帝人くんは目を見開く。
仕方ないよね、君のために買ったんだ。
そんな鎖じゃ、他に使い道も無い。
帝人くんは唇をかむ。
わかってる、まだ迷ってるんだよね。
帝人くんはまだ若い(俺だって若いけど)、自分の人生をこれからどう生きて行くか、迷ってるんだね。
本来は大人である俺が、帝人くんの心が決まるまで待つべきなんだろうけど、
待っていて、逃すことになったりしたら俺は後悔ししてもしきれない。
なら、帝人くんが『逃げたい』と思った時には逃げられない状態にしておかなきゃ。
狡賢い大人でごめんね。
「もう待てないよ。」
「臨也さん…。」
「もう充分待ったんだよ。」
そう、帝人くんが俺の手の中に落ちてくるのを必死に待って、ようやく手の中に収めた。
そしたら、その手を握りしめてしまいたくなる。
じゃないと、帝人くんは逃げ出してしまうかもしれない。
「俺は『今』の帝人くんだけが欲しいわけじゃない。」
帝人くんの今と未来、今後全てが欲しいんだ。
「臨也さん、僕は、僕は貴方と…。」
「俺と?」
「い、生きて行きたいと思います。けど、」
「けど?」
「それを決めるのはまだ早いんじゃないかと。」
「俺はそう思わないよ。」
あっさりとそう言うと、帝人くんが表情を歪めた。
「…臨也さんが心変わりする可能性だって」
「ないよ。」
「ぼ、僕が心変わりす」
「許すわけ無いでしょ?」
帝人くんはむっとして俺を見る。
何、その顔。
「でも、」
「もう俺たちに与えられた未来は一つしかないよ。」
「っ。」
「だったら覚悟を決めるのは遅かれ早かれ一緒でしょ。」
「だけど、」
「なら、早い方が良いに決まってる。」
俺はテーブルの上の鎖を手に取って帝人くんの前に突きだした。
「帝人くんには、今、これを受け取るか、これと俺を置いて帰るか、その2択しか残されて無いよ。」
こんな言い方すれば帝人くんがどっちを選ぶかなんてわかってる。
だけど、正直怖い。
帝人くんだけはよく俺の予想を裏切るから。
「・・・。」
「・・・。」
沈黙が俺たちを包む。
レストランの中にはクリスマスソングらしいピアノの旋律が流れているけど、俺たちには届かない。
帝人くんは迷ってる。
仕方は無い、この鎖を付けてしまえば最後、もう帝人くんは俺からは逃げられないんだから。
帝人くんの表情は優れない。
ああ、怖いな。これで本当に置いて帰られたら俺は聖なる夜を一生呪うだろう。
「ぼ、くは…。」
何か言おうとして、その口はまた閉じられる。
じれったい、緊張感ばかりば増して行く。
「…っ、結婚、してくれないかなぁ。」
嗚呼、ホラ。
焦らされると、いつだって負けるのは俺の方だ。
「臨也さん…。」
「わかるでしょ、俺ももう限界なんだよ。」
帝人くんが欲しくて、欲しくて、俺の物だと言う証が欲しい。
何度俺の部屋に軟禁してしまおうかと思ったことか。
帝人くんが見るのも聞くのもその存在を感じるのも俺だけだったらどんなに良いかと、
そう思って、俺はいつだって帝人くんを欲してる。
「結婚してよ、俺と。」
「臨也さん、僕…。」
まだ言い淀む帝人くんに内心舌打ちしながら俺は箱の中の鎖を掴んだ。
「手、出して。」
「っあ、」
出してと言いながらひったくるように帝人くんの左手を掴む。
俺の指と帝人くんの細い指をからませて、その薬指にキスを落とした。
ぴくっと帝人くんの手が震えたけど知るもんか。
俺は薬指に重い重い鎖を付ける。
外れないように、
今後外されないようにと、祈りを込めて。
「臨也さん…。」
「これは鎖だよ。」
「え?」
「帝人くんが俺から逃げ出さないための、鎖だ。」
帝人くんはその存在を確かめる様に、右手でその鎖に触れる。
しっかりとその存在を確かめてからふんわりと、帝人くんは微笑んだ。
「僕で、良いんですか?」
その言葉に俺は肩を落とす。
「…帝人くん以外に誰が居るの?」
俺の隣に居るのが帝人くんじゃないなら、要らない。
一生要らない、1人で良い。
「…僕も買わなきゃ。」
「ん?」
「臨也さんに、鎖を。」
その年の俺のクリスマスプレゼントは、君の一生だった。