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フライング・プレート

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「乱闘キター」
 半笑いの色が混じった財前の声にキッチンからけたたましい音が上がり、間もなく金髪頭がヒョイと飛び出してきた。
「乱闘!? 乱闘か! 誰や? 誰と誰やー!」
「謙也さん、手ェからボッタボッタ水こぼれてますけど」
「あとで拭く! うおーJスポはよ映さんかい! 乱闘やー!」
 嬉々として画面に釘付けになる謙也を溜息交じりに見遣りながら、財前も口元に密やかながら笑みを浮かべた。フローリングの上には点々と謙也の手からこぼれた水が道を作っている。捲られた袖すらそのままにわくわくと拳を握る謙也が、財前の横にどさりと座り込んだ。
 美しく整備された茶色の土の上では、赤黒二色のチームが入り乱れ、実況のアナウンサーは興奮した声を上げている。小競り合いくらいならそう珍しくもないけれど、こんなに大々的な乱闘なんて昔の特番くらいでしかお目にかかったことはない。
 中継のカメラも興奮しているのか選手たちを追うカメラはびゅんびゅんと落ち着かないが、どうやら外国人の巨漢スラッガーが相手チームの投手を追い掛け回しているらしい。みのもんたのナレーションと、昭和臭いテロップが欲しいところだ。
「よっしゃ行けーコックス! ぶっ殺したれー!」
「ちょっと、物騒なこと言わんといてくださいよ」
 謙也は黒の方、財前は赤の方。2人とも地元では肩身狭いチームのファンなのだと、そう密かに告白しあったときは妙な仲間意識に思わず笑い合ったものだ。とは言っても、謙也も財前もほとんど惰性で応援するチームを決めているような極楽蜻蛉の野球ファンだから、白熱してぶつかり合う選手たちを指差して笑って、時々マイクに入ってくるファンの野次に肩をすくめる。
 こんなやり取りは、今の2人の関係に似ていた。中学生のころに出会って、それなりに青春の荒波というやつを経験して、今はとても穏やかだ。しかし決して凪いでいるわけではなく、ただ、時々ふざけ半分に手を繋いで、キスをして、風のままに。
「しかしすごいな。あの外人、チームメイト引きずってますやん」
「パワフルやろ」
「球は飛ばせんみたいやけどなァ」
「それは言うなや」
「お、葦戸ベンチに引っ込みましたよ」
「あーあ、逃げられてもうた」
「そら逃げるわ、ターミネーターみたいな勢いやったやないですか恐ろしい」
 ダダンダ、ダダン、と無表情のまま財前が口ずさんだフレーズに、ブッハ、と謙也が吹き出しながらコツンと肩を叩いた。クールすぎる恋人にも備わっている同郷の面影、それ垣間見ることができるこういうたまのやり取りが、謙也は嫌いではない。腹にぶつけられてキレたみたいすわ、と乗り出していた身をソファに沈めながら財前もにやりと笑った。
「葦戸も葦戸で、前の打席でもイン攻めまくってたくせに、帽子触りもせんから」
「つか、コックスも短気やっちゅー話や。前も退場食ろうとったやろ」
 テレビの向こうでは、怒り心頭の表情をした主審がマイクを握って例の外国人選手に退場を言い渡している。ものすごいブーイングが上がっているのは、球場が、その外国人選手が所属する黒の方の本拠地だからだ。
「……あ、うちからも退場者。佐川?」
 続いて審判が読み上げた名前は、赤の方の選手だ。
「映っとらんとこでなんぞやらかしたんか?」
「でしょうね。やるあァオッサン」
 でもテレビ映ってないならなんや損しとるなァ、と呟く謙也のいかにも目立ちたがりらしい発想に、財前はまた笑った。
「……お、うちの監督出てきよるやん」
 はー楽しかった、と謙也が台所に戻りかけたところで、再び画面に目を向けた財前が呟けば、えー、と、スピードスターらしい素早さで引き返してきた。やはり口元は笑っている。天性の野次馬なのだ。
「なんやなんや。抗議か?」
 赤い帽子を被った外国人監督は、横に小柄な通訳を付き従えて何やら怒鳴り散らしている様子だ。
「アレ、出ますかね」
「あー、どうやろ」
 再びソファに座り込んだ謙也の横顔はうきうきと輝いていて、ああ、なんやこの人ほんまに俺より年上なんか、と財前は今更そんなことを思う。ドーゾ、とそれまでつまんでいたポップコーンを手に乗せてやれば、視線はテレビに貼り付けたままモソモソと食い始めた。リスみたいだ。
「ハハ、めっちゃ抗議しとる」
「外人の抗議はおもろいから好きっすわ」
「あの派手な身振り手振りがな」
「そうそう」
 案の定主審は顔を真っ赤にして手を振り回す。退場! 退場!
「来るで来るで」
 ボルテージだだ上がりの謙也は、おそらく無意識なのだろうけれど財前の服の裾をぎゅっと掴んで、落ち着き無くニヤニヤ笑っている。ぐっと近づいてくる身体は期待に節張っているのだけれど、財前はほんの少しだけその硬さに身を寄せた。1平方ミリメートルだけでも触れ合う面積が増えればいいと思う。興奮で上がった体温に、いい年をしてまだ、こんなふうに胸を高鳴らせている。
 画面の真ん中、あの外国人監督がベースを引っこ抜き、フリスビーよろしくぶん投げた。
「しゃー! 乱れ飛ぶベースや! あかん、めっちゃおもろい、あかん」
「投げよった、ほんまに投げよった」
 ヤッター、とまるでリーグ優勝でもしたくらいの勢いで、謙也が財前の首根っこにしがみ付いてわいわい喜ぶから、財前もなんとなくテンションが上がって勢いで応援歌なんて歌ってみたりして――唐突に上がるテンションは2人でいればこそだ。
(ライトスタンドにおるより、この人とおった方がよっぽどやかましい)
 冗談めかして頬にキスをすれば、上気したいたずらっぽい笑顔と唇へのキスが返ってきた。最近のこの人は、こういうところばかり年上めいてしまっていけない。
作品名:フライング・プレート 作家名:ちよ子