経験
評議会長にそう言われて手元のデータに目を落としたコンボイは、何とも表現のしようがない呻き声を漏らした。
「これは……評議会は本気で、このメンバーを選出したのか?」
いや、人事の一切を取り仕切る彼らが冗談など言うはずはないことは、コンボイ自身も、もちろん分かっていたつもりだった。
しかし、それにしてもこの人選は……。
「……若すぎる。特にこの、初期の構成は」
コンボイは、選びに選んだあげく、やっと次の言葉を接いだ。
「そうかな?」
評議会長は、苦りきったコンボイの口調とは対照的に、柔らかい。
「我々は、今回の任務には彼らが適任だと判断したのだがな」
「だが……しかし」
メンバー表にもう一度、目を落とす。
初期構成の最年長は、司令官には若すぎるのではないかという声さえ聞こえる、コンボイ自身だった。
もう一名、士官学校でコンボイと同期だった男がメンバーに入っているが、彼とて年若いことには変わりない。
それに。
「ルーキー同然の者までいるじゃないか」
「確かに」
評議会長は、あっさりと肯定した。
「だが、グループ全体の作戦参加時間は、他の部隊とも遜色無いはずだ。周りのサポートさえあれば彼はきっと素晴らしい力を発揮する、と、我々は考えた」
評議会長は、唇を噛むコンボイの肩を叩いた。
「……心配するな、彼は、たいへん優秀だよ」
「……それに、今回の任務は、周辺宇宙の調査活動だ。まず、直接、激しい戦闘を行うようなことには、なるまい。最悪トラブルが起きても、すぐサイバトロン本部から救援を送る手筈は整えてある」
評議会長は、コンボイの手からデータを取り上げた。
暗記しているであろうその内容を、目で追いながら、話を続ける。
「任務の特性上、今回は、戦闘能力はもとより観察・分析能力に優れ、オールマイティに力を発揮できる人物を選定したつもりだ」
だが、と、コンボイは、思う。
せめてもう一人、状況判断が出来、機動力も備えた戦力があれば……。
ミッションとはシュミレーションでは想像もつかないような事態の連続であり、予想外の危機に陥った部隊を助けるのが、しばしばベテランの経験と勘、そして、そこから来る迅速な対応やきめ細かなサポートであることを、コンボイは、これまでの任務で痛いほど理解していた。
コンボイの気持ちを読んだかのように、評議会長は言葉を続ける。
「調査船は、機動性を最優先させるため、重火器などの武器類はおろか居住スペースまでも、大胆に省いてある。初期メンバーは少ないように思えるかもしれないが、狭い調査船の中では最大の力を出せる構成だ。それに、惑星に着けば、プロトフォームの状態で乗船している仲間も、加えることができる」
ここで評議会長は一旦、言葉を切った。
コンボイの肩に手を置き、ゆっくり、コンボイと目を合わせる。
「……君の懸念もよく分かる。もちろん我々も、彼らの評判は耳にしている」
評判。そう、それが、メンバーの名前を見た時、言葉を失った理由だった。
顔見知りの者もいたし、名前しか知らない者もいた。
だがコンボイは、もれなく、彼らがどんな者であるかを挙げる事ができた。
つまり、サイバトロンの仲間の中でも、名前を上げて噂をしあうような……行動が際立って目立つような、そんな連中が名を連ねていたのだ。
コンボイを見る評議会長の目は、優しく、しかし強く、輝いていた。
「我々は、彼らの行動だけではなく……思想や背景、動機や結果まで、細かく調査した。そして、判断したのだ。彼らは、非常に優秀だと」
評議会長は、コンボイの肩に置いた手に力を込めた。
「君はもしかしたら、若い自分には荷が勝ちすぎるメンバーだと思っているかもしれない。だが、私は……我々は、その若さに期待しているのだ」
評議会長の顔に、笑みが浮かぶ。
「確かに、連中は皆、個性的だ。まとめるのは骨が折れるかもしれない。だが、思い切りやってみるといい。競い合い、ぶつかり合い、時には争うことさえあるだろうが、それもまた、経験になるだろう。……そう、私は、今回の任務を通して、君たちに、今までとは少し違う経験を積んでもらいたいと思っているんだ。そして、更に成長して欲しい、とね。調査という任務は、チーム内が多少ぎくしゃくしても支障が出にくい……そんな利点も考慮している」
評議会長は、手にしていたデータを、再びコンボイに握らせた。
「君ならやれると信じているよ、コンボイ」
コンボイは再び、手の中のデータに視線を落とした。
不安は、変わらない。
だが同時に、奇妙な熱意が、胸の中に広がった。
(開き直ったかな)
コンボイは、ほんの少しだけ、自嘲を含んだ笑みを自身に浮かべた。
それから、評議会長に向き直った。
右手を差し出す。
「ありがとう。皆と共に、任務の達成に全力を尽くそう」
二人は、固く握手を交わした。