アシッドメルヘン
*学ヘタ。新聞部設定でなく漫研設定の方。
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、君は本当に馬鹿だね」
アルが深々とした溜息と共に吐き出した言葉には一同頷くしか他に手立てがなかった。
事の起こりはいつもの倉庫組と生徒会長の攻防戦だ。
菊ちゃんに感化されて俺やアルまでもが頻繁に倉庫に遊びにいくようになっていたのがお気に召さなかったらしい会長殿は伝家の宝刀「横暴」を振り翳して彼らに解散を迫ったのだ。まあそれまではよくあることで、俺が少し機嫌取って宥めたら収まるような話だった。
その日に限ってそれで収まらなかったのは倉庫の住人を迎えに来た身内に問題があった。
「自分が仲間外れやからって八つ当たりすんのやめーや、このクソ眉毛」
「んだと、この無敵艦隊(笑)またフルボッコにしてやろうか?」
一触即発。戦いの火蓋が切って落とされるってよりも一瞬にして灰になりそうだ。
元々因縁深いトーニョとアーサーはとにかく仲が悪い。俺とアーサーの仲の悪さはまだ皆が笑っていられるレベルの話だが、あいつらは一瞬でも気配が感じられたら即その場が戦場と化す。誰も笑えない。
伴ってやってきた筈のロヴィーノは端っこの方でフェリシアーノと抱き合って泣くばかりで止めに入るような状況でもないし、ギルとルッツも引いている。菊ちゃんはなんか空気を読んでいる。今読むとこじゃないよね!?
「あー、ええ機会や。俺もいっぺん片付けな腹の虫が収まらんとこやったわ」
「こいよ、この腐れトマト」
「お前らね、ここ学校だから、ね、血腥い事は止めてね?ほら、アーティ、お前いつも世界W学園の掟、皆仲良くって言ってるじゃない」
「クソ髭、やっぱりお前こいつのこと庇うのかよ」
「もーそうじゃないでしょー坊ちゃん!」
仕方なくどちらとも親交のある、かつここに残された唯一の存在である俺が割って入るしかないんだけど…これがまたアーサーの神経を逆撫でするらしい。トーニョとは山脈を挟んだ隣同士、なにかと縁は深いし付き合いも長い。とはいえ今となってはただの親友、そうあくまでお友達。それを何度伝えても親愛の情と恋情の念の差をイマイチ上手に理解出来ない不器用で初心な愛しい人は酷く嫉妬するようだった。
俺ってもしかして案外愛されてる?…なんて顔をにやつかせるにはそれはあまりに過激できな臭い。
「よっしゃ勝負やったらええんやな?」
俺を睨め付けながら手近な鈍器を探す視線を外したらヤられるという冷や汗デッドオアライブなところに、救世主のようにトーニョが声を上げた。いや、そもそもこいつがこの場に居なければこんなことにならなかったんだけどさ。
「生徒会及び連合チームに俺らが勝ったら漫研解散はなしや!更にそこのクソ眉毛は一生俺の奴隷にしたる」
「ああ、いいぜ。なんでも挑んできやがれ」
売り言葉に買い言葉。アーサーを責めるのも些か不憫かなとも思う。それが何故か勝手に勝負事に俺やここに居ないアルやイヴァンや耀を巻き込むことになっててもだ。
「ゆうたな?尻尾巻いて逃げんなよ!」
ああ、なんで。
この冬の最中にトライアスロン勝負なんて思い付いたのよ、アントーニョ。
散々アルに責め立てられてすっかり耳を垂れた犬のようになってしまったアーサーの頭を軽く撫でる。イヴァンは「僕関係ないよねー」とさっさと退室して帰ってしまった。
「我も関係ねーアル」
「あいつらが解散したら菊を生徒会に入れる」
床に目を落としながらもちゃっかり弱点を突くあたりお見事だ。耀がウッと顔を顰めて押し黙る。確かに菊ちゃんはアーサーもお気に入りで何度も何度も勧誘しては「善処します」「また今度」「考えます」とやんわりとやり過ごされているけれども。
「…強引すぎると菊に嫌われるアル」
後ろ髪を惹かれつつ否応のつかない返答をして耀も出て行った。
残されたのは俺とアルとアーサー。一応、三人。
しかしよりによってトライアスロン。体育館に併設された温水プールを400m泳いだら自転車で校内外周を10Km走り、正門からグラウンドまで約2.5Kmを走るというスーパースプリントという初心者向けの非常に短いコースを設定し、更に三人でリレー式にすることになった。通常完走するだけでも三ヶ月くらいは練習を要する競技、一ヶ月でやろうというのだからそんなものだろう。
が、それは普段問題なく運動できる人間の話である。
俺は前から薄々と気がついては居たがこの目の前の尊大にして横暴の化身である生徒会長サマがよもや致命的に運動音痴だなんて、この学園ができなければ一生露見することもなかっただろう。普段の授業はなんやかんやと理由をつけて逃げ回っているようだが、アルの提案で行われた球技大会から逃げられなかったのが運の尽きだ。
「ねえ、坊ちゃん…ひとつ聞きたいんだけど」
スイム、バイク、ラン。三つの競技。
「お前、泳げなかったと思うけど」
「う…」
「自転車は乗れるの?」
答えはなかった。
とりあえず、お兄さんのトマトのファルシで坊ちゃんの一生の屈辱を一日に短縮することに成功したことは感謝してくれてもいいと思うんだ、うん。