歓喜の歌は己が為に響かせる 後編
源田が率先して歩いたので大人しく着いていくと、本校舎の教室に入った。窓側の一角の机を二つくっつけて源田の弁当箱が広げられた。中身は相変わらずおいしそうである。箸を手渡され、なんとなく食べ始める。今日が本番だとは思い難い。明かりをつけていない教室はなんとなく薄暗かった。
「この前はすまなかった……八つ当たりして。」
「平気、メンバーのメンタルチェックも俺の仕事だ。むしろ正直に言ってくれたんだ。その方がわかりやすくてありがたい。何かあったのか?言いたくなければ、別に話さなくてもいい。」
源田の箸の動きが止まり、俺も厚焼き玉子をつかんだのを最後にそれを食べてから動作を止めた。
「総帥に話を持ちかけられて、帝国学園に来た……。そこまではよかったんだ。」
気恥ずかしいのか「食べたまま聴いてくれ、ただの独り言のようなものだ」と言われた。本人が話しやすいなら、そうさせてもらおう。体力を養わなければならない。
「サッカーができるなら、強くなれるならそれで良かった。ここは刺激的だ。常に俺に向上心を持たせてくれる。でも、それが“いつも”すぎたんだ。」
源田はとうとう箸を置いて手を組んだ。もう俺はここで、彼が何に悩んでいるのかは大体の把握がついた。
「俺は佐久間や鬼道のように、何も持っていない。ただサッカーで、総帥がたまたま目にしてくださってここにいる。きっとそのうち、ボロがでてサッカーができなくなるような気がする。……だから――本当に言い方が悪くてすまない……、こんなサッカーと関係ないところに俺は協力させられてるんじゃないかって。」
多分、彼はこの帝国の熾烈な内部闘争に疲れているのだろうと思う。帝国学園はサッカーの名門として名を馳せている分、実力あるプレーヤーが方々から訪ねてくる。そして選ばれるために彼らはお互いに蹴落としあう。俺はその蹴落としに勝って、今、鬼道さんの隣にいる。彼は後ろに鬼気迫る、レギュラーの座にしがみつこうとする者たちに恐れをなしている。
でも驚いた。まさか、俺と同じことで悩んでいただなんて。俺がオーケストラなんてところに寄越されたのは、もしかしてレギュラーから外される兆候なのではないかと悩んでいたし、今も若干、そうだが。
「ところで聴くが、それならなんで合唱の話を受けたんだ?」
「……前も言ったことになるが、佐久間がいたからなんだ。」
恥ずかしそうに上目使いに見られるが、男にされても気持ち悪いぞ。とは言わないでおく。
「きっと心身ともに、佐久間みたいに文武両道になれれば、帝国学園での自信もつくと思ったんだが、浅はかだった。俺には逆効果だった。俺は佐久間のようにどちらもこなせない。できない。俺は一つのことしか、サッカーしかできない。」
そこで源田の言葉は止まった。俺も同じような悩みを持っている以上、ただの傷の舐めあいのような意見しかできない。でも、励ますことはできるはずだ。同じサッカー部としては、常に威風堂々でいてもらわなければ困るのだ。今はしょげていてもいい。試合で、フィールドではそんな悩みはどこか別の場所に置いておかなきゃいけない。
「今日は演奏会だ。今日で全部終わる。もう、これで悩むことはない。サッカー部は総帥の御心しだい、いつどんなことが起きるのかわからない。俺も、いつ今の場所から追放されるのか戦々恐々としている。」
そんなことないだろう、と源田に言われるが続けた。
「少なくとも俺は、お前以外のキーパーは考えられない。初めてお前を見たとき、俺は自分の力がお前に通用するのかどうか、わからなかった。お前が仲間で心底、よかったと思っているよ。」
源田はどんな言葉が欲しいのだろうか。俺が認めたところで、彼の弱気が治るかはわからなかった。
「自信を持てよ。自分が何もできない人間だと思うなよ。思うなら、できるようになればいい。俺はそれを手伝えるし、鬼道さんだって、辺見だってきっと手伝えるぜ。帝国は互いに蹴落としあう部分もあるけど、今の俺たちは同じレギュラーの座にいるんだ。
もっと俺たちを頼れよ。」
「――ありがとう。」
昼休みの時間も少なくなってきた。弁当を急いで食べ終わして、お互いに早歩きで控室に戻った。
作品名:歓喜の歌は己が為に響かせる 後編 作家名:さらんらっぷ