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amen

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ステンドグラスから日光が降り注いで、古びた木製の床を色とりどりに染めていた。
「先輩、ここで結婚式を挙げましょう」
打ち捨てられて廃屋になったチャペル。参列者の座るべきベンチは朽ちて、床板は歩くたびぎいぎいと嫌な音をたてる。それでも立派な聖者を模ったステンドグラスはそのまま残されていて、それが日の光を浴びてはきらきら輝いていた。
青葉に連れられてやってきた帝人は物珍しそうに辺りをきょろきょろと見回している。チャペルなんて高校生には滅多にお目にかかれない場所だ。朽ち果てたチャペルは、それでもなおどこか荘厳な雰囲気を醸し出していて、ここで数多くの誓いが立てられたことを示しているかのようだった。
「結婚式って、誰と誰の?」
この場には帝人と青葉しかいない。青葉に引きずられるようにして来たのだから当然といえば当然だった。
青葉はごく自然にチャペルの片隅に置いてあったボストンバッグを掴むと、それを開いて中身を取り出した。白い布。
「ほら、見てください」
ふわりと投げ出されたのは、真っ白なドレス。胸元に少しだけレースを入れた、それ以外はリボンもフリルもないシンプルな形状のドレスだった。
「母のものが、出てきたんです」
青葉はそれを自分の体に当てて笑う。ね、先輩。と語りかける。
「結婚式を挙げましょう」
空はよく晴れていた。綺麗な晴天だった。聖母マリアを模ったステンドグラスは微笑んでいるように見える。置きっぱなしの十字架が長く影を作った。綺麗な日だ、と帝人は思う。
青葉は期待の中に不安をないまぜにしたような顔でこちらを見ている。ぱちりと目が合って、にこりと微笑まれたので、「タキシードは、ないの」と帝人は尋ねた。それが答えだった。

チャペルの隅で袖を通した純白のタキシードは帝人には少しばかり大きいようで、袖が余ってしまう。青葉の父のものなのだろうな、と予測する。よほど大事に仕舞われていたのだろう、きちんと糊のきいたそれは古さを感じさせなかった。
「青葉君?」
彼も着替え終わったのだろうか、とチャペルの中を帝人は歩く。
十字架を背にした青葉はとっくにそこにいて、「遅いですよ」と帝人に微笑みかけた。
何か一つ、古いものを。何か一つ、新しいものを。何か一つ、借りたものを。何か一つ、青いものを。サムシングフォーと呼ばれる幸せな花嫁になるための四つを青葉は身につけ待っている。アンティークのペンダント、真新しいベール、母親のウェディングドレス、青い花を束ねたブーケ。
中性的な容姿のせいで少女にも見えるその姿は、しかしひどく滑稽だった。決して本当の花嫁になどなれないのに必死に幸せに縋る少年。誓う神も見当たらず、誓約を証明する人間もここにはいない。
ふと、その瞳から涙が零れた。ぱちりと瞬きをする毎にほろりと一滴だけ涙が落ちていく。
白い花嫁姿で青葉は泣く。手製のマリアベールとシンプルな飾り気のないウェディングドレスがその華奢な体を引き立てていた。
「せんぱい、せんぱい、せんぱい……」
花嫁は祝福されない。ただ帝人は青葉の手をとり、涙をぬぐって「綺麗だよ」と声をかけてやる他何もできなかった。自分達は誰にも歓迎されないと理解していた。誰からも認められないと知っていた。
「僕と結婚してくれませんか」
帝人のその言葉に青葉は驚いたように目を見開いた。帝人は照れたように苦笑して、それからきまり悪そうに頬を掻いた。
「ほら、プロポーズは男から、って相場が決まってるじゃない。だから、その……」
ね、と帝人は青葉に手を差し出して壇上にエスコートする。打ち捨てられた教会に神はいない。二人の婚姻を証明する人も、誓約書もない。指輪さえなかった。ただ二人は手をとって、誰もいない教会の十字架を前に目を閉じてそっと文言を呟いた。
「病める時も健やかなる時も、永遠にあなたを愛します」
「「amen」」

作品名:amen 作家名:nini