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聖夜の憂鬱

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色取りどりのイルミネーションに彩られた大通りをのしのしと歩く。クリスマス当日の夜、明日は日曜日ということも相俟って、街はカップルやさまざまなグループで溢れかえっていた。
酔っ払いも多くいて、普段ならこの池袋でバーテン服にサングラス姿の男に自ら絡んでくる者はそういないが、上司と別れてから静雄は既に2人程地面に沈めている。1人は学生らしきグループで、もう1人は女を連れたサラリーマン。面倒くさくてキレる気にもなれなかったので、どちらもデコピンで済ませてやったのだが2人とも昏倒してしまった。もちろん馬鹿は放置である。
今更「俺は仏教徒だ」などというつもりもないが、イベントにかこつけてここまで大騒ぎするのもどうかと、静雄自身は少々クリスマスには否定的だった。声に出してそういえば「淋しい奴」と言われるから―――面と向かって言う者は臨也くらいだろうが―――決して口にはしないが、普段通り仕事して、普通に食事をして普通に寝る、それだけだ。
…それだけの筈だったのだが。
ふと、見知った顔を見かけて静雄はそちらへと足を向けた。高校生には見えない童顔と、今時の子供らしい細い体躯。互いに声をかけ合うほど親しい間柄ではなかったが、こんな時間にふらふらしているのを放っておくのは、共通の友人に申し訳ない。
「おい、お前、竜、……ヶ、峰」
「…静雄さん?」
「こんな時間になにしてんだ。もうじき日付が変わるってのによ」
振り向いたその額には絆創膏が貼られていた。そういえば、時々見かける姿はいつもどこかしら怪我をしていただろうか。粗忽者なんだなと思い、改めてその顔をまじまじと見る。静雄に声を掛けられても怯える様子はないが、なんというか、怪我をしやすそうな顔だ。
「友人たちとクリスマスパーティーをした帰りなんですけど…、あの、顔になにか付いてますか?」
「あ? …いや、別に」
どん臭そうな奴だと思ったなどと、言えるはずもない。適当に濁すと、誤魔化すように「送ってってやるよ」と呟いた。
「大丈夫ですよ、ここからだと10分もかかりませんし」
「高校生を1人で帰しちゃ大人としてまずいだろ」
「はあ…」
いまいち納得してない様子だが、それ以上は拒否されなかった。促すように歩き出すと、軽く溜め息を吐いて静雄の隣に並ぶ。
なにか会話をした方がいいかと思ったが、共通の話題もなく、プライベートを全く知らない人間と容易く会話が出来るほど器用な性質でもない。帝人も会話をするつもりはないらしく、ただただ無言で歩き続けた。
その、淡々とした様子が静雄の琴線に引っかかる。高校生が友人とクリスマスパーティーをして、その帰りになぜこんな暗い顔をしているのだろう。
「友人って、学校の同級生とかか?」
突然会話を振られて、うつむき加減に歩いていた帝人がちらりと静雄を見上げた。その表情は、やはりどこかそっけない。
「後輩と、そのグループというか…、いつもつるんでるメンバーです」
「へぇ…、仲いいんだな」
「そうですね。……悪くはないと思いますよ」
「『仲いい友人』とパーティーやって、なんでお前はそんなつまらなさそうな顔してんだ?」
好奇心と呼べるほどの感情はない。純粋な興味だったのだが、帝人がぴたりと立ち止まった。先ほどから変わらぬ無表情のまま静雄を見上げ、なにかを探るようにじっと視線を合わせてくる。
そんなに変なことを聞いただろうかと眉根を寄せると、深々と溜め息を吐かれた。
「……そういうことは、気付いても口にはしない方がいいと思います」
「そういうもんか?」
「面と向かって、本人に言うのはちょっと…」
「そっか。悪かったな」
素直に謝ると大きな目が丸くなって、すぐにそれがなにかを堪えるような笑顔へと変わる。泣くことも出来なくて笑うしかないといったそんな表情に、やっと自分の言ったことが実は大した失言だったのだと気付いた。
「悪かった。いや、別に意味があって聞いたとかじゃねぇんだ。なんつーか、その、気になって、」
「いえ。こちらこそ、失礼なことを言ってすみません」
帝人がぺこりと頭を下げて、上げられた顔はちょっと困ったような笑みを刷いていた。
「一緒に居たかった人が居なかったので、残念だなぁと思ったんですよ」
「あー…、フラれたから友人と、っつー訳か」
「…そういうことも言わない方がいいと思います。えっと、振られたとかじゃなくて友人なんですけど今は、…一緒にいられなくって、……」
言葉を切った帝人が、深くうつむく。そのままじっと動かないのに、静雄はまたしてもヤバイところを突いたのだと悟った。泣いているのかと思ったが嗚咽はない。ただひたすら地面を見つめ続ける帝人にかける言葉もなく、しばし悩んで静雄は右手をそっと頭に載せた。
「……小さい子じゃないんですから」
「あ、ああ、悪い…!」
なんとなく茜にするのと同じ感覚でつい頭を撫でてしまったのだが、よく考えればあちらは小学生、帝人は高校生だ。子供扱いされて嬉しかろうはずもない。
なにをやっても裏目に出ると頭を抱えたくなったが、上げられた顔は今度こそ本当に笑みを浮かべていた。くすくすと笑う顔がこの少年には似合っていて、静雄はホッと息を吐く。
再び帝人が歩き出して、静雄はその少し後ろをのんびりと歩いた。程なく、初めて見た者が漏れなく絶句する程老朽化したアパートの前に辿り着いて、静雄もまた例に倣う。こんなとこ住んでて大丈夫なのか、と無意識に出た呟きは華麗に無視された。
「ありがとうございました」
「じゃあ、…その、戸締りはちゃんとしろよ?」
「もう1年半住んでるんですよ。でも、ご心配ありがとうございます」
軽く頭を下げて、少年がこれまたボロい階段を上がっていく。なんとなくそれを見送っていると、扉の前で立ち止まった帝人が唐突に静雄を振り返った。
「…静雄さん、甘いものお好きですか?」
問いかけの意味がわからないまま無言で頷くと、よかったとひとりごちて帝人が階段を下りてくる。
「貰いもののケーキがあるんですけど、1人じゃ食べきれなくて。よかったらちょっと寄って行かれませんか?」
「…は?」
「送って貰ったお礼です。帰るのが少し遅くなってしまいますけど」
「それは別にいいけどよ…」
自分を誘う者が、よもや普通の人間にいようとは思いもしなかったというのが静雄の実感だ。ちなみに幽とトムは『普通』だが、前者は身内、後者は上司というくくりで除外である。素直に受けていいものかどうか迷ったが、社交辞令で言っているようにも見えない。
「その、…本当にいいのか?」
「もちろんですよ。お茶くらいしかないんですけど」
「ンなもん全然かまわねぇ」
「あ、物壊すと敷金から引かれちゃうんで、扉と畳は注意してくれると嬉しいです」
「わかった、気を付ける」
神妙に頷いて、静雄は内心嬉しさと動揺を隠せないまま帝人の後についていく。だから、前を行く帝人が不穏な笑みを浮かべたことには全く気付かなかった。






作品名:聖夜の憂鬱 作家名:坊。