僕の好きな場所
クレスさん、と僕を呼ぶ穏やかな声が聞こえて、底の方に落ちていた意識を弾かせた。ぼんやりとしている頭は覚醒には遠いけど、前に居るのが誰なのか判別出来る程度には目が覚めた。
「お疲れなのは分かりますけど、こんな所で寝たら風邪引きますよ」
僕の前で苦笑いを浮かべるミント。部屋へ戻る前に見かねて声を掛けてくれたみたいだ。
つい出てしまった欠伸をして目尻を擦る。今日は仕事が遅くまでかかってしまって、一時間くらい前に帰ってきたばかりだった。ミントが声を掛けてくれなかったらこのまま完全に眠ってしまう所だった。
そんな、疲れて眠気が纏わり付いた思考だったから思いついた事かもしれないけど。
「きゃっ!」
ソファに座っている僕と、声を掛ける為に前屈みになりつつも立ち上がっているミント。僕が彼女をその位置関係のまま抱きしめると、僕の頭がとてもとても都合よくミントに収まるのだ。
なんというか、すごくすごく柔らかいところに。
「……はぁ」
思わず出た溜息はもちろん僕からのもの。ちょっぴり怒られる予感はしつつも、ソコを堪能する。ああ、すごく良い。この柔らかくてあったかい場所。何度か顔を埋めた事はあるけど、あれは大抵素肌だったな。もちろん、直も良いけど服を着たままのこれもなかなか良い。
「ク、クレスさんっ。いきなり変な事しないでください」
「ほら、僕、今は寝ぼけちゃってて」
「寝ぼけてる人は自分で言いませんよ、そんな事」
もう少し怒られるかと思ったら予想していたよりも棘の無い声色だったから、また溜息を吐いた。今度は安堵のそれだった。
一応暗黙の許可みたいなものを得て、調子に乗って頬擦りをしてみる。程良い弾力が心地良い。鼻の先っぽで突いてみたり、また擦ってみたり。
ミントってこういう事に対して昔よりは寛容になってくれたよな。と思いながら僕は別の角度から柔らかいのを味わいたくて頭の位置をズラした。その時。
「あ……あぅっ……」
妙に艶っぽい声がミントから聞こえた。反射的に顔を上げる僕。見上げると、ミントが耳まで真っ赤にしながら両手で自分の口を塞いでいた。多分、思わず出た声に自分で驚いてるんだろう。
……見る見るうちにミントの目尻に涙が溜まっていく。
「わ、わっ、ごごご、ごめんっ! わざとじゃないんだ! いやっ、自分からそうしたのは確かに間違いないんだけどそこまでするつもりじゃなくて、えーとえーと……本当にごめん!」
慌てて体を離して両手を合わせたまま勢い良く頭を下げる。そりゃ、これ以上進んだ事は何度だってシてきたけど、それだって時と場合による。
やり過ぎた悪戯だったと後悔する僕の手に、ミントがそっと触れてきた。びくりとしながら僕は顔を上げた。
ミントの顔は、さっきのままだ。紅くて、随分と目が潤んでいる。
「ミ、ミント。その……」
「クレスさん」
深い深い息を吐くミント。その後にじっと僕を見つめてきた視線は、僅かながら恨みがましいような、でも、嫌なもので出来てはいなくて。
「そういう風にするの、ズルいです」
ぐいっと、ミントの精一杯の力で引っ張られる。眠気なんてとっくに飛び出て行ったものの、ミントのその突然の行いに僕はされるがまま立ち上がった。
「え? え??」
何が? と聞く間もなく、僕はミントに手を繋がれて廊下へ出た。いつまで経っても解放してくれないミントに連れてかれて、気がついたらミントの部屋まで彼女と一緒にやって来ていた。
「……え?」
その後は、二人でぐっすりと眠れました。