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求めるは、ただ

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暴き暴かれ
曝し曝され
ただ、求めるがゆえ


板の上を走る音と木刀のぶつかり合う音が響く。
シンドウ家の道場では、今日もまたタクトとスガタが刃を交えていた。

古武術の使い手であるスガタは、宣言どおりタクトに稽古をつけている。
二刀流であるタクトは手数の多さで優位と思われるが、必殺の間合いまでの踏み込みが鋭いスガタの一撃は生半に防げるものではなかった。
実戦は慣れだとばかりに打ち合うこと数十回。
木刀の奏でる乾いた音と、高まっていく呼気とが道場内の静謐な空気を揺らしていた。




「はぁ~。極楽、極楽」


稽古の後の楽しみは、何といってもこの風呂だ。
広いし、何より温泉である。
スガタによれば島の風呂はどれも温泉だそうだが、シンドウ家の大理石の浴槽は格別だった。


「やっぱスガタの家の風呂は最高だなー。寮の風呂も結構大きいけど」
「気に入ってもらえて光栄だよ」
「坊ちゃまー?今日はお背中、どうしますかー?」
「うごぁ!」


ジャガーの声に、タクトが盛大につんのめる。
ガラス戸の向こうに、シンドウ家の二人のメイドのシルエットが見えた。


「どうする?」
「だから聞くな!」
「だってさ。今日もいい」
「わかりましたー」


スガタの言葉に、ジャガーとタイガーが頭を下げた気配がする。
二人の影は遠のいていった。
ほっとタクトは息を吐く。
いくらなんでも女の子に背中を流させるわけにはいかない。
そりゃあちょっと、それなりに、いやかなり、憧れなくもなくもないが。


「断ってよかったのか?」
「勿論です!」
「そうか。残念だな」
「…はい?」


ぴちょーん、と間抜けな音を立てて水滴が湯船に落ちた。
この間といい、盛大に慌てているタクトをからかっているだけなのか。
タクトは相変わらず隣で平然としているスガタにじとりとした視線を送る。
スガタはといえば、同じタイミングでタクトの方を向くと、徐に口を開いた。


「…だったら、僕が洗おうか?」
「へ?」


じーちゃん、僕たまに島育ちのテンポについていけない。
何故自分が赤面しているのか、タクトは考えないことにした。



ふわりと香る石鹸と泡立つシャボン。
骨と筋肉に沿い、微妙な強弱をつけて滑るスポンジの感触。
ほぅ、と零れる吐息。


「…スガタ、結構上手いね」
「そうかな?」


湯気の篭った浴室の空気が揺れる。
そもそも『洗う』じゃなくて『流す』と言うべきだろうというツッコミは、とうにどこかに引っ込んでしまった。
人に背中を流してもらうのがこうも気持ちのよいものだったなんて。
うっとりとした心地のまま、タクトはスガタに背中を任せていた。


「ありがとな、スガタ。次代わるよ」
「いいって。お客様はおもてなししないと」


スガタは幾分おどけた口調で言い、シャワーのコックを捻る。
丁寧に泡を流すとタクトの顎に手を添えた。
少し上向かせて今度は頭に湯を掛ける。
顔に掛からないように気をつけつつ、タクトの髪を濡らしていった。

これ、おもてなしの範囲超えてない?

そんな台詞が頭を過ぎるが、髪の間を通る指の感触が気持ちよくて音声化されることはなかった。
タクトは目を閉じ、スガタに任せることにする。
人に頭を洗ってもらうなんて子供の時分かカットのときくらいのものだ。
なんだかこそばゆい気分になった。


「スガタ?どうかした?」


微かに笑う気配を感じ、タクトは目を開く。
頭上には逆さまに覗き込むスガタの顔があった。


「いや、新鮮だなと思って」
「何が?」
「前髪のないタクト」


そう言って、スガタはタクトの生え際から頭頂部へと手を滑らせる。
確かに今、タクトの髪はオールバックになっていた。
普段隠されている部分が晒されるというのは、奇妙な昂揚感を覚える。


「この角度からスガタの顔を見るのも新鮮だけどね」


スガタの顔は、浴室の電灯で影になっていた。
その所為で、ぼんやり歪んだ灯りに照らされた首筋から肩の輪郭が鮮明になる。

タクトはゆっくりと右手を持ち上げた。
伸ばした指先は湿気を含んで幾分重そうな青い髪に触れる。
そのままスガタの前髪を掻き上げた。
自分と同じように普段は隠れている額が曝け出される。

頭を掴まれた格好のまま、二人の視線は交錯した。
タクトの手とスガタの額と、同じ湯に浸かっていたはずなのに幾分温度が違う。
絡まる指と髪が引き合うように二人の顔が近付く。


違うなら、また同じ温度にすればいい。
逆さまのまま、唇が重なった。


(2010.12.26)
作品名:求めるは、ただ 作家名:雨城 透