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再録2(全年齢版)より3

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 夏ももうすぐ終わる。空が高くなり青さが薄れてゆく中で、菊とギルベルトは教室に残っていた。開かれた窓の向こうから運動部のかけ声が響いてくる。
 二人は向かい合って、日直の日誌を書いていた。もっとも、書いているのは菊だけだったが。
「ギルベルトさん」
 熱い空気を抜けて届いた声にギルベルトが顔を上げると、菊がこちらを見ていた。ペンが止まっている。
 ん、と話を促すと、彼はギルベルトの赤い瞳を見つめたまま口を動かした。
 いつも通りの、無表情だった。
「好きです」
 ギルベルトはぽかんと口を開けた。呆然として言葉も出ない。
 そりゃあそうだろう、ずっと好きだった相手から好きだと言われたのだから――
「ロヴィーノ君が」
「はっ?」
「C組の」
 それだけで通じると思ったのだろう、菊はクラスだけ言って黙った。黒飴のような瞳がこちらを見つめている。表面に映ったギルベルトが揺れて見えた。
 ギルベルトは何度か口を開け閉めしてから、ロヴィーノ、と音を発した。菊は神妙に頷く。
「ロヴィーノが、どうしたんだよ」
「好きなんですよ、彼が」
「ハア?」
 素っ頓狂な声が出た。遠くで小気味良い打撃音がした。野球部がホームランでもかましたらしい。このくそ暑いのに、ご苦労なことだ。
 だから、と菊は静かに言った。彼の表情は恋をしているようにはどうも見えない。どこからどう見てもいつも通りの無表情鉄面皮でお馴染み本田菊である。
 けれど彼はいつもの非常によく伸びた背筋と共に、良い滑舌で言い切った。
「だから、ロヴィーノ君のことが好きなんです。私」
「…男じゃん」
「男ですよ」
 ツッコむと、さらりと返された。





 初めて会ったのは小学三年生の時だった。同じクラスで出席番号が近かったので必然的に話すようになり、大人しくて何をされても動じない菊にちょっかいをかけていた。それでよく先生に怒られたものだ。当人の菊がさして気にかけていないのだからおかしかったが、今考えれば相当構ってほしかったのだと思う。当時弟はまだ小さかったし、自分勝手な性格が祟ってか友達もあまりいなかったので言うことを聞いてくれる菊は都合が良かった。
 中学に入ってもその関係のまま、半分パシリ、半分同情のような微妙な状態がずるずる続いていた。中学では一緒に悪さができる友人ができて、菊と疎遠になったこともある。それでも菊は昔と変わらずなんとなく安心したりした。彼はあくまで誰の邪魔にもならないよう平穏に過ごすことを望み災難に巻き込まれそうになるとそっと避けた。自分のペースで振り回せないのだけが腹立たしかったが、この頃から喧嘩っ早くなっていたのでむしろ菊を傷つけなくて済むという面から言えば良かったのだろう。生傷を作って一人でいると、菊は何も言わずにティッシュやハンカチを差し出してくれた。せめて絆創膏くらい寄越せないのかと思ったが、不器用な彼らしくて好きだった。
 そう、好きになってしまったのだ。
 そう思い始めたら気持ちは止まらず、何で男、それも目立たないあんな奴をとかなり悩んだ。特別可愛い訳でもなければ本ばっかり読んでいるしオタク入ってるし、何より男だ。
 けれども菊の傍にいられるとこの上なく幸せで、時たま見える彼の笑顔は何にも代え難いものだと思う。理屈じゃなく、好きになってしまった。
 そんな想いと共に中学が過ぎて高校に入った。同じ高校に行けるように頑張って勉強した。真面目な菊は真面目な人間が好きだろうから、苦手なことだって頑張ることにした。そうして卒業する頃にはきっと告白してみせる、いいや、菊から告白してくるくらいになってやる。そういう未来予想図ができあがっていた――
「なのに何でてめーなんだよ!?訳わかんねーだろうがああああ!」
「うるせーよちくしょー!」
 菊から衝撃の告白を受けて翌日。ギルベルトは放課後の教室で大絶叫していた。目の前には補習のノート。ちなみに彼はほぼ毎日補習である。理由はいろいろあるのだが、主に彼が留年していて未だに二年生なのが響いていた。
 絶叫した後机に突っ伏したギルベルトの正面に座っている彼は、忌々しいとでも言わんばかりに鼻を鳴らす。本田菊に片想いされているという、C組のロヴィーノ・ヴァルガスご本人である。
 そもそも菊がギルベルトに相談したのは他でもない、二人が多少なりとも顔見知りだったからだった。ギルベルトの弟ルートヴィッヒの友人のフェリシアーノの兄がロヴィーノなのである。遠いような近いような関係を菊とて知っていたのだろう。ただしフェリシアーノとは話すギルベルトも兄のロヴィーノはどうも馬が合わずなかなか二人で話したことがなかった。
 ギルベルトに話があると言われてやってきたロヴィーノは開口一番「何の用だよこのケ・バッレ!」と唾でも吐かん勢いで嫌悪感を剥き出しにしていたので、ギルベルトは更に傷ついた。こんな奴の方が自分よりいいとでも、あの幼馴染は思っているんだろうか。
 ギルベルトは顔を上げると恨みがましくロヴィーノを睨み付けた。顔だって、正直自分の方が勝っている。いや、完全勝利している。(自称)
「俺の方が絶対いいだろ!菊は何でお前みたいなヘタレが好きなんだよ!」
「てめーはとりあえず鏡を見ろ!あと俺は男には興味ねーよこのやろー!それとヘタレじゃねえ!」



続きは本にて