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再録2(全年齢版)より4

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※短編の連作です。最初のを上げました。



最古の薔薇


「残念でした――本当に」
 日本の口から出された言葉に老爺は恭しく頭を下げた。
 既に髷には白や灰色が混じり、彼に残された年月が多くないことを感じさせる。
 日本は誰よりそれを理解していたが、言うことはなかった。
 ただ、今は、労いの言の葉を。
「お疲れ様でした」
 庭から涼やかな風が流れ込む。日本は目を細めた。
 老爺は頭を挙げ、伸ばした背筋で穏やかに笑んだ。
 彼は長い航海で何を見てきたのか、出かけてゆく時よりも年老いたものの、黒い両眼には強い光を持っていた。
 けれど西洋との交流を深めるために人生を投じた航海は、基督教の廃止の命と共に泡の如くに掻き消えようとしている。彼の居場所は今の日本にはないのだ。
 このまま大平の世に埋もれゆくであろうこの侍は、これからの異国に何を見るのだろう。
 彼は皺の寄った目尻を庭に向けて一望する。小さいが美しい日本自慢の庭だった。
「いい季節ですな」
「えぇ、桜はもう直ぐ終わりますが、緑が映えるいい時期です」
 日本は努めて穏やかに優しく言葉を紡いだ。湯のみを手に口に運ぶ。爽やかな空気に渋い緑茶が香った。
「ああ、本当に」
 老爺は来たる息吹く季節が待ち遠しくていてもたってもいられないのか、膝の上で結んだ両拳を震わせた。
 そして彼は居住まいを正すと、傍に置いていた包みを手に取り、日本に差し出す。
「これは」
「あなた様に、と」
 侍は老獪に笑った。土産です、こんなものしか。其処まで言ったところで風呂敷包みの中に現れたのは、深紅の大輪。
 目を見張った日本に、老爺はいかにも嬉しそうである。
「かの教皇がいらっしゃるローマの地より頂戴した、薔薇という花です」
「ばら…ですか」
 美しいですね。日本は微笑み、薔薇を鼻へ寄せた。大きな花がばさりと揺れて色香を振り撒く。
 確かに美しいが、日本の四季にはそぐわぬ大きさと香り。僅かに表情が固まった日本に、老爺は頷く。
「少し強すぎますな。香りも、彩りも」
「えぇ」
「ですが、やはりこれには日本の花にはない美しさがある」
 日本は花から目を挙げて彼を見た。自分より幼い老爺は、もうこれ以上何か新しいものを映しはしない瞳で、笑った。
「ローマの、あなた様と同じ国のお方がくださったのです」
 日本は目を瞬かせまた花に視線を落とす。
「まだお若い方のようでしたが、あなた様によろしくと」
「そうですか――」
 日本は少し鮮やか過ぎきらいのあるその花を、もう一度顔に寄せた。
「この庭に、彼の思いを置いて差し上げて下さい」
 日本は頷いた。老爺は深々と頭を垂れた。
 今度強く香った甘い匂いはまるで、愛の具現のようだった。


つづきは本にて