微笑み
目の前にある、小さな墓標。墓標の前に屈み、墓の中にいる彼が気に入っていた花を置く。墓標に記された名前は「マグネ・ヒャクレッガー」。反乱に巻き込まれ、罪人として処分された、大事な部下。
そっと墓石に手を伸ばし、周りにいる者に聞こえない程度の声で囁きかける。
「何でお前が、イレギュラーだったんだろうな」
生前の彼に言うと怒られそうだが、俺はあいつを一番よく知ってると自負している。入隊は遅かったが、驚異的な実力で他の隊員を抜き、ついには最高ランク、特A級に認定される程だった。副長の俺も、いずれ抜かれるかと思った。それほどまでに、ヒャクレッガーは強い奴だった。
ただ、あいつは副長にも隊長にもなれなかった。あれだけの実力があっても、隊員からの支持が無かった。卑怯とか姑息とかじゃなかった。誰にも心を開こうとしないで、任務であれば友であれ同部隊の隊員であれ殺してしまうほどの責任感の所為だった。
そんな奴が、人間への反乱に加わる訳が無かった。加わらずに、誰が反乱を起こしてもすぐに反乱者を始末すると思っていた。ランクに関わらず、同部隊の奴らが反乱に加わった時、俺は怖かった。ヒャクレッガーも、同じ様に反旗を翻すのか。同じ様に狂気に満ちた行動をするのか。
それよりも、誰に対しても興味を示さなかったヒャクレッガーが、俺に対してだけは微笑んだ事。僅かに口角が上がっただけでも、本当に嬉しかった。そんな「戦友」を殺めるのが、一番怖かった。
「ごめんな、ヒャク。お前が…エックス隊長に殺されて良かったと思ってる」
この言葉を聞いたら、ヒャクレッガーはどんな顔をするのか。そもそも、勘違いせずに聞いてくれるのか。ヒャクレッガーが死ねば良いなんて思った事は無い。俺が、ヒャクレッガーを殺す事にならなくて良かったと思っているだけ。
「行くぞ、ホーネック副長」
「…はい」
墓地の入り口に佇んでいた隊長が俺に声をかける。墓石に「じゃあな、また来る」とだけ言い、隊長について墓地を出た。
「そんなに、ヒャクレッガーが好きだったのか」
隊長は俺に視線も向けずに言う。隊長は、ヒャクレッガーの死後にこの部隊長になった。だから、ヒャクレッガーの容姿は知っていても性格までは知らない。
「あいつの事、知らないからな。お前がそこまで入れ込んでるんだ。ちゃんとした奴だったとは思ってる」
隊長は少しだけ笑って、俺に顔を向けた。顔立ちなんて似ていないのに、どことなくその笑顔とヒャクレッガーの微笑みが合致した。
まだ、ヒャクレッガーはここにいる。俺の目の前で、俺にだけ微笑んでくれていると感じた。
「どうなんだ?」
隊長の問いに、俺は笑顔で答えた。
「大好きでした。いや、今でも好きですよ、ヒャクの事」