僕を巻き込むな!
「…………」
ヒュッ
ゴーン
ドッカーン
ガッシャーン
「………………………はぁ」
はっきり言おう。
確かに僕は非日常が好きだ。
だから非日常をを具現化したような『喧嘩人形』といわれる平和島静雄さんと『情報屋』である折原臨也さんには憧れる。
憧れてはいるがしかし、だからと言って今や池袋名物となっている、二人が繰り広げる殺し合いという名の戦争に巻き込まれたいとは思わない。
むしろ思う人がいたら驚きだ。そんなのせいぜい自殺願望を持っている人ぐらいだろう。否、自殺願望を持っている人でもわざわざ好んで巻き込まれたいとは思わないだろう。
誰だって自動販売機につぶされたり、道路標識に刺さって死ぬことを望まないはずだ。
勿論、僕だって例外じゃない。
だが―――
「っと、危ないなぁ、帝人君に当たったらどうするつもりなの?」
「うっせぇ、テメェが大人しく当たってくれりゃいいだけの話だろうが」
「はっ、わざわざそんなことする奴いるわけないじゃん、バカじゃないのシズちゃん。あ、そうか、バカなんだっけ?ごめんね、気が付かなくて」
「テメェ―――」
……このままいくと、間違いなくそんなことになりそうだ。
何でこんなことになったのかなぁ。
僕はただ学校帰りに静雄さんに会って、世間話をしてただけなのに。
そこに呼んでもいないのに臨也さんが現れて、気が付けば僕は二人が繰る広げる戦争の真っ只中にいた。
フッ、呪われてるのかな、誰かに。
まぁ、そんなことは今取りあえず置いといて、問題は現在僕の生命が絶大な危機に晒されているということだ。
どうにかしなくちゃ。
「あのっ」
恐る恐る声を掛けてみた。
「死ねぇ、今すぐ死にやがれぇえぇ」
「やだよ、シズちゃんこそ死んだら?」
聞いちゃいねぇ。
「……ちょっといいですか?」
再び挑戦してみた。
「くたばれぇ!」
「毎回毎回同じ台詞しか言えないわけ?いい加減聞き飽きたよ」
…………このまま帰っちゃおうかなぁ。
ものすごく魅力的な考えが浮かんだが、実行したら後が怖い。今までの経験からして。
静雄さんには「勝手に帰るんじゃねぇ」って怒られそうだし、臨也さんには「ひどいなあ、何で勝手に帰っちゃうわけ?」ってねちねち言われそうだ。
どっちにしろ遠慮願いたい。
だからと言って二人の戦争現場に居続けるなんて、命がいくつあっても足りない。
「静雄さん」
「おりぁあぁぁ」
「………臨也さん」
「ちっ、これだから化け物は」
それぞれ呼びかけてみたけど、返事は返ってこない。
聞こえてるかどうかも怪しい。
シュッ
ガン
ヒュッ
「―――っ」
鋭い刃物が頬をかすり、痛みとともに生暖かい液体が頬を伝って地面に流れ落ちた。
どうやら臨也さんが投げたナイフを静雄さんが持つ『止まれ』の標識で跳ね返し、軌道を変えたナイフがこちらに飛んできたらしい。標識に従っていい加減止まればいいのに。
手の甲でぐいっと頬を擦ると、錆付いた鉄の匂いが広がり、手の甲が赤く染まった。
頬だから良かったものの、もしそれが眉間或いは心臓目掛けて飛んでいたら……。
色濃く死のイメージがリアルに思い浮かび、ぞっとした。
ブチッ
一拍置いてから、どこかで何かが切れる音がした。
瞬時に頭が冷えていき、自分でも不思議なくらい冷静になっていく。
極自然に手が制服のポケットに伸び、二本のボールペンを取り出す。
シュッシュッ
二本のボールペンがそれぞれ静雄さんと臨也さんの鼻先をかすり、二人の動きがピタリと止まった。
「いい加減にしてください」
冷ややかに二人を見遣り、出来るだけ低い声を出す。
あれだけ仲の悪い二人が、まるで鏡を映したかのように同じ動きでぎこちなくこちらを振り向いた。
―――なかなかシュールな光景だなぁ。
頭の片隅で呑気な感想を浮かべつつ、二人を睨み付ける。
「喧嘩なら僕に被害が及ばないところでやってくてません?はっきり言って迷惑です」
喧嘩ってレベルじゃないけどね、という突っ込みが沸き起こったが、無視する。今二人が僕の話を聞いている内に言いたいことを言って置かなくては。
「そもそも無関係な人を巻き込むなんて。常識をわきまえて下さい、いい大人なんですから。とにかく、僕は帰らせていただきます、それでは」
呆気にとられている二人を置いて、僕は夕日の色に染まりつつある帰り道を歩いた。
言いたいことを言ったせいか、妙に胸がスッキリした。
しかし、それ以来更に静雄さんと臨也さんに絡まれ、二人の戦争に巻き込まれるのが日常化するなんて、この時の僕は思いもしなかった。