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Happy Birthday to You...

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Happy Birthday to You...

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 そのことに気付いたのは、日付が変わってからだった。仕事をしているうちに一日は過ぎていって、それを思い出したのは、雪の降る窓外の景色を見てベッドに潜り込もうとした、まさにその時だった。部屋に籠り本と睨み合っていたこの一日、イヴァンは珍しく誰とも顔を合わさなかった。それもそのはずだ。今日は久々の休暇だったのである。それまで珍しく休暇申請がすんなり通ったことに首を傾げていたが、なるほどそういうことだったのかと、イヴァンは一人頷いた。最高のプレゼントだ。
 時計の長針は僅かに12を通り過ぎていた。もう寝てしまおうと、イヴァンは毛布を頭から被り、眼を瞑る。今日はイヴで、明日はクリスマスだ。今日の昼ごろにはクリスマス・パーティの準備で大そう忙しいことだろう。
 瞼の裏にはジャンがいた。ジャンは大勢の人の前でも臆することなく、冗談を口に会場をどっと沸かせ、お偉いさんのご夫人に軽く口付けをし、踊るように人の波をすり抜けていく。その間たくさんの人間と挨拶を交わし、くだらない世間話を終始笑顔で続けている。見事なものだった。よくもまあ、この一年であの野良犬がこんなに立派に成長したものだ。
 イヴァンは口をぽかんと開けながら、その様子を黙って見ていた。すごいやつだとは知っていたが、まさかここまでとは。二か月前の誕生パーティに比べると、格段に対人スキルが上がっている。イヴァンはジャンの見違えた姿に、心底感心した。そして同時に、少し寂しくも感じた。自分の知らないところで、ジャンは確実に成長しているのだ。
 それに比べて、俺はどうだ。
 イヴァンはきつく目を瞑った。すると瞼の裏に描かれたジャンは泡のように消え、視界はただの暗闇に包まれた。その姿に安堵し、イヴァンはほっと息をついた。瞼に浮かんだ映像は、去年のナターレでの出来事だった。

 嫌なことを思い出してしまった。布団を被り直し、もう一度眠る準備に入ろうとすると、サイドテーブルに置いてある電話がけたたましく鳴り響いた。
 こんな夜中に一体誰が。
 その機械的なベルの音のせいでまどろみが一気に掻き消され、イヴァンはたちまち不機嫌になった。電話になど出たくもなかったが、こんな時間にわざわざ鳴らすということは、恐らく緊急事態だ。それを無視するわけにはいかないので、イヴァンはしかたなく、しかし乱暴に受話器を取った。
『イヴァン、起きてっか!?』
 受話器を耳に当てると、途端に鼓膜を劈くような声が聞こえた。
「あーうっせえな、テメェはいちいちよぉ!」
『あっぶねー…く、ないか。とりあえずまだお前が起きててよかったよ』
「ったく、今丁度寝るとこだったのによ…」
『そうだったのけ?邪魔しちゃってゴメンネ。でもどうしても今言いたかったの』
「はいはい、何の用ださっさと言え。ただし俺は余程のことがねえ限り家から一歩も出ねえからな」
『あー、違う違う。仕事の話なんかじゃねえよ』
「じゃあなんだよ?こんな時間に、わざわざ、電話で言うほどのことってよ」
 苛立った様子でイヴァンが畳みかけるように問うと、ジャンはぐっと押し黙った。いつもなら軽い冗談で交わされるか、向こうもがなってくるかのどちらかであるはずなのに、今日はそのどちらでもない。一体どうしたことか、と思いを巡らせているうちに、ジャンがそっと口を開いた。
『誕生日おめでとう、イヴァン』
「は、」
『あー違うな。もう24日だから、誕生日おめでた、かな?』
「…もっとおかしなことになってんぞ」
『まあまあ。照れない照れない』
「て、照れてねーよ!」
『プレゼント、何が欲しい?』
 セックスの時以外で滅多に聞くことのない甘い声で囁かれ、イヴァンは人知れず肩を震わせる。そんな様子に気付くことなく、ジャンはイヴァンの返事を優しい沈黙の中で待っていた。
「…お、おまえ」
『ん?』
「だから、プレゼントだよ」
『……えっ、もしかしてそれってギャグ?』
「…………切る」
『嘘うそウソだって、マジちょ、切らないでイヴァンちゃん!?』
「………」
 受話器を耳から軽く離しながら、イヴァンはむっとした様子でジャンの言葉を聞いていた。頬が熱い。体中を駆け巡る熱が耳たぶに辿りつくまで、そう時間はかからなかった。
 ジャンは電話の向こうであーだとかうーだとか言葉にならない言葉を繰り返しながら、恐らく、照れていた。照れているジャンなど、滅多に見ることなどできないレアな代物だ。この場に本人がいないことが実に惜しまれる。イヴァンはため息をついた。
『い、いやーまさかあのイヴァンちゃんが「プレゼントはカラダで」とか、そ、そんなベッタベタなことを言うとは思わなかったからよ!少し驚いたっつーか、なんつーか』
「…誰が体だけって言ったよ」
『えっ。う、嘘。もしかして「心まで欲しい」とか、そういう恥ずかしいオチ?』
「…もう切る」
『悪い悪い。マジで冗だ…』
 一言多いのはきっと照れ隠しなのだろうが、それでも無性に腹が立つ。
 イヴァンは怒りにまかせて受話器を投げると、そのままベッドに潜り込んで眼を瞑った。しかし毛布を頭から被ることはせず、耳は常にベルの音を聞けるようにそばだてている。眼を瞑って十秒も経たないうちにベルが鳴りだすのを聞いて、イヴァンは思わず口がにやけるのを押さえるのに必死だ。受話器を取ると、半分怒ったようなジャンの声が、息をつく間もないほどの迫力で耳に響く。愛しい者の声だ。
『イヴァン。テメェ真面目に聞いてんのか?』
「ああ、聞いてる。聞いてるよ」
 誕生日祝ってくれてありがとな。
 囁くようにそう告げると、暫しの沈黙の後、ジャンはふてくされたように「間に合わなかったけどな」と小さく呟いた。イヴァンは低く笑いながら、覚えていてくれただけで救われると、今日まで生きてきた意味があると思った。
『…で、本当のところは何が欲しいんだ?昨日一緒に過ごせなかったし、祝うの遅れただろ。だから何でも言えって。好きなモンプレゼントすっからよ』
「気にすんなよ、ジャン。俺は何もいらねえ」
 首を振っている姿を見ることは出来ずとも、ジャンには殊勝な態度でいるイヴァンの様子が、手に取るようにわかっていた。何もいらないと言う男に、ジャンは「ああ」とか「でも」とか会話を繋げながら、イヴァンに差し伸べる言葉を探している。そんなジャンを、イヴァンは落ち着いた様子で取り成した。
『でもよ…』
「いいんだ、ジャン。お前がこれから先も俺の傍にいてくれるのなら、俺はもう何も」
 瞳を閉じると、イヴァンは受話器に向かって囁いた。受話器を握りしめるようにして折り重なった両手はまるで神に捧げる祈りのようだった。
イヴァンの言葉に、ジャンは「安い男」だと酷く笑った。イヴァンは悪態をつきながらも、それは心の奥底から、祈るように叫んだ、たったひとつの願いごとだった。
「ジャン、窓の外見てるか?」
『ああ。雪が降ってる』
 窓の外では粉雪がちらついている。吐く息も凍るようなクリスマス・イヴの真夜中に、イヴァンはひっそりと、受話器を通して向こうにいる男の幸せを祈っていた。こんなにも誰かの幸せを願うのは、生まれて初めてのことだった。
作品名:Happy Birthday to You... 作家名:ひだり