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ハロー・キャロライン

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台所から甘い匂いが漂っている。お菓子でも焼いているのかな、と思い、臨也がひょいと台所を覗けば珍しく可愛らしいエプロン姿の彼女が目に入ったので、
「うわ何それ似合わない」
うっかり本音が滑り落ちた。
台所に立っているのは所謂美人というたぐいの黒髪女性である。臨也の助手をしていて、非常に有能である。多少足癖が悪い。弟を気持ち悪いほど愛している。以上。
滑り落ちた本音が耳に届いてすぐに(あ、まずいかもしれない)臨也にしては珍しくそう思った。矢霧波江は前述したとおり多少足癖の悪いところがある。以前も余計なことを言って蹴られた覚えがある。
しかし予想に反して波江はちらりと臨也を見ただけで、ふいっとそっぽを向いた。つまらなそうな顔。オーブンがピーピー音を出す。
「別にあんたのために作ってるわけじゃないから」
「ツンデレ専用の台詞を真顔でありがとう波江」
オーブンから取り出された市松模様のクッキーからはバニラエッセンスの香りが漂っている。
「誠二に食べて貰うのよ」
「あ、そ」
甘ったるい匂いは愛の匂いなのか。
「まあいいや、さっさとその可愛らしいエプロン脱ぎなよ。そろそろ帝人君が来る」
「その二つには何か関係性があるのかしら」
「あるとも!可愛いエプロン姿の波江に帝人君が惚れたら大変だ。俺は有能な助手を失うことになる」
「妄言をありがとう。どのみちもう終わったもの、脱ぐわ」
クッキーを器に移して、波江は未練など一匙も無い様子でエプロンを外した。肩を竦めた男が台所から出ていくのを見届けて、波江はまだ暖かいクッキーを皿に並べることにした。

間延びしたチャイムが来客を告げる。
「私、出るわね」
「ああいい、俺が出るから」
ここまで必死ではいっそ呆れが先に立つ。がちゃりと音をさせて開いた扉の向こうに立っていたのは想像と違わず幼い顔を僅かに笑みの形に歪めた少年だった。
「よく来たね帝人君!残念だけどまだ仕事があるんだ、少し待っててくれないかな」
その言葉にきょとんと首を傾げた帝人は、一拍置いてから口を開いた。
「臨也さんまだ仕事終わって無いんですか?」
「悪いね、飛び入りの仕事が入ったんだ」
「じゃあ僕お邪魔になると悪いので帰ります」
「待って帰らないでそこに座ってて!俺すぐに終わらせるから!波江、帝人君にお茶、お茶出してあげて」
必死に高校生に縋りつく大人というものほど見苦しいものはないのではなかろうか。(格好つけようとして、馬鹿みたい)溜息を吐いてポットに茶葉を入れた。
どうせ帝人君に自分の仕事ぶりを見せつけて惚れてもらおうとでも思っていたのだろう。どうしてこうもお粗末な愛し方しか出来ないのかしらと波江は紅茶を運びながら考えて、ああそうかこいつ馬鹿なんだったわと結論付けた。
「こんにちは」
行儀よく頭を下げる少年に目だけで挨拶して、波江はガラステーブルにティーカップを二客置いた。
「あなたも大変ね、こんな奴のお守しなきゃいけないなんて」
それはお互い様ですよ、と帝人は軽く笑う。
トレイからティーポットとシュガーポットとミルクピッチャー、それから先程のクッキーを並べたてて波江は帝人の向かいに座った。
「クッキーですか?」
「ええ、口に合うといいのだけれど」
その単語に臨也はうん?と首を傾げる。そのクッキーは弟にあげるものではなかったか。誰かにあげればなくなってしまう程度の量しか波江は焼いていなかった。
辿りついた結論に「気に食わないなあ」とひとりごちて臨也は立ち上がった。紅茶とクッキーで穏やかな会話を楽しむ二人。
「なにそれー波江、俺にも頂戴」
がばりと帝人の背後から抱きつくように現れた黒坊主に帝人はぎゃっと声を上げて、手に持っていたクッキーを取り落としそうになる。間髪入れずそれをかすめ取った臨也は、「うわ、甘」と言って舌を出した。
ぺしり、帝人は臨也の額を叩く。
「臨也さん、仕事終わるまでお触り禁止です」
「え、それって仕事終わったら帝人君に触り放題ってこと?分かった俺頑張るよ!」
「違います」
簡潔な言葉での否定は臨也の耳には届いていないらしい。舞い上がった姿がうっとおしいと波江は冷めた紅茶を啜る。
「すみません、折角作ってくださったのに」
申し訳なさそうな表情。下がった眉に、波江は溜息を隠そうともしなかった。
「・・・別に、あんたのために作ったわけじゃないから」
「弟さんへですか?波江さんのクッキー美味しいから好きですよ、僕」
「あらそう。誠二よりお粗末な褒め言葉だけど、有難く受け取っておくわ」
「僕、波江さんのそういうところ好きです」
「・・・そ」
そっけない返事にも帝人は眉一つ動かさず紅茶を飲み干した。クッキーの甘さばかりが舌に残って、甘すぎたかしらと嘯く波江に、帝人はいいえと首を振った。
「あなたに好かれてもどうでもいいけれど、悪い気分じゃないわ。紅茶のお代わりは?」
「あ、お願いします」
空になっていたティーポットにお湯を足そうと立ち上がる。パソコンに向かう臨也は何がおかしいのかにやにや笑っている。悪魔が笑えば、きっとこのような顔になるのだろう。
「馬鹿な女」
「そっくりそのまま返してあげるわ」
くくくと臨也は小さく笑った。
「さて、俺は帝人くんで遊ぼうっと。俺お仕事終わったよ帝人君!」
波江は再び溜息を吐いて台所へ向かった。沸かしておいたお湯はとっくに冷めていて、背後ではじゃれあうような声が聞こえている。
蒸気を上げるケトルの前で、波江はぽつりと呟いた。
「…馬鹿な女」
作品名:ハロー・キャロライン 作家名:nini