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千年生きる

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愛しいと思う傍から言葉がとても無意味なものになっていくのをわたしは感じていた。
愛しい?ありえない。けれど、愛しい。それは、別に悪いことではないような気もして、わたしは人間の女の形をした自分の体を抱き寄せる。いとしい。
ただ一言、あいしてる、と言ってみたいような気がしたけれど、そのあまりに陳腐な言葉になんだか笑い出してしまう。それでもその笑いだって微笑みとか、やさしさとか、愛情とか、そんなものがあれば良いのだけれどわたしの笑いは乾いている。錆び付いている。赤茶けた青銅がキシキシと音を立ててぽろぽろと錆が崩れていくような、キィキィと耳障りな音がどこか遠くで鳴っているような、誰もいない夕暮れの運動場のような、なにか空しくて空々しい、わざとらしいような笑みで、だからわたしはもう何も言えなくなってしまう。それでいてわたしは、欲情している。
あの男が唇を持ち上げて愛想笑いを浮かべるとき、わたしはその愛想笑いをめちゃめちゃに引き裂いて、彼が考えてもいないような淫らな自分をつきつけてしまいたい。なんだこいつ?みたいな顔をするだろう彼の前髪をぐしゃぐしゃに撫でまわして、そのわたしの細胞ではなし得ない筋肉にしがみ付いて、わたしに欠けた肉体に絡み付いてしまいたい。彼が厭な顔をすればするほど、彼を困らせてみたくなる。彼の無意味でその場限りの愛想笑いに欲情する。彼が心底どうでも良いと思えば思うほど、わたしは彼のそんな心に忍び込んでむしゃぶりつきたくなる。抱きたい。抱かれるのではなく、彼を抱きたい。わたしは彼に欲情している。彼の全てが欲しい。肉体ではない。血も、骨も、肉も、彼を形成している全てが欲しい。

――――――わたしは、あの男になりたい。



猫は千年生きると化け物になるのだという。



国が指定文化財だったか文化遺産だったかにしたかつての宮殿の庭を歩く。
50年前に世界遺産に登録されて以来、宮殿の庭は観光客で溢れかえっている。観光客。見物にくる人たち。ツアーで来ているらしい団体の中年たちはそれぞれ自分達の才能に分不相応な高性能のカメラで宮殿の写真を撮りたくって、この庭の建築がどうとか、五百年前の王が死んだ話だとか、そんな事を飽きもせずに得意顔で話したり、知った顔をして頷いている。中年相手のガイドには相応しくないほどにべっとりと口紅を塗ったガイドがミニスカートを翻しながら、この庭に纏わる女や、主、王の話をペラペラと話していく。別の観光客の団体から抜け出した子供たちが庭を走り回り、石柱やタイル貼りの壁をべたべたと触っていく。きっと、いつの時代だったかのあの王が見たのなら眉を寄せて、大きなサファイアの指輪が乗っかった指をすっと揺らして、あの子供たちの首を跳ねさせた。王の散歩道。魚の糞のように後をついてまわった侍女がその長い衣に足を引っ掛けた。緑色の瞳を持ったその侍女の首が飛んだ。一人の男の人生と、奴隷たちの沈黙が支配していた、豪華絢爛、宇宙の中心である庭、王の庭。王の後ろに影のように立っていた、しかし光である王よりも存在感を放つ仮面の男。いつも仮面の間からギラギラとした光を帯びた野生の獣のような瞳と、それに反して薄っぺらい笑みを口元に浮かべていた男。そんな男がいた、王の庭。わたしはいつも侍女に紛れ、支柱の間からあの男を殺すことを考えていた。あの男の全てが欲しかった。あの男、当時世界の全てを手にしようとしていた男だけが持つ絶対的な魅力。わたしはその力の前ではただの動物のように、ただの雌のように、種族として最も偉大な雄の力に酔い痴れ、そして、その雄の喉笛を噛み切ってやりたかった。そんな血よりもどろりと重く酔う魂が詰まった庭。――――そんなものは、もうどこにもない。


きっと、あと百年待っても、もう、あの庭は還ってはこない。
国が繁栄し、破竹の勢いで領土を広げ、栄光の頂点に立った。自分の中の人間たちが、あの男の栄華にこの体を引き盛んばかりに狂乱した、あの血が沸騰するような興奮はもうやってはこない。あの男の国の略奪を憎いと思う。あの男の国の偉大さに怖れると感じる。あの男の国の持つ力の魔力にとりつかれる。わたしの女の肌の下で、熱い血潮が声を上げて爆発せんばかりの勢いで奮い立ち、せめぎ合った。あんな瞬間は、もうやってはこない。――そう、やってこない方が良い。

人間の技術の発達で、この世界の地図はうんと狭くなった。
もうこの世界のどこにもドラゴンも、神もいないだろうし、童話のお姫様が監禁されているような塔も、魔女もいないだろう。もはや胸を高鳴らせるような異国というものは存在しない。国境なんてものは人間の往来に関しては限りなく無意味になりつつあるし、飛行機に乗り込んで眠り目を覚ませばそこはもう異国だ。キャラバンを組んで、馬やラクダを何頭も何頭も乗り潰して旅をするような時代じゃない。インターネットのおかげで、庶民の人間が知って得するような情報で、もう知りえない事など何もない。そういうものになってしまった。そう、それだけ。たったそれだけのこと。


栄光から引きずり落とされる男は足掻いた。
男が足掻き、悶え、血反吐を吐いて消滅から逃れようと、まるで頭を切り落とされた蛇のように真っ黒な血を噴出しながら体中を滅茶苦茶に振り乱す。男はうんと小さくなった。ちっぽけで、汚くて、みすぼらしい。なんて惨めだったろう。かつて宇宙の中心を謳った国が、若い奴らから内側から食い荒らされ寄生され、足掻いている姿。―――わたしはそれを、あの人と遠くから見ていた。冷めた目で。


わたしの皮膚の下に残った余熱が、時々狂おしいあまりにあの血の熱さを求める。
猫は千年生きると化け物になるのだという。ならば女はどうなるのだろうか?

千年生きた女は―――・・・




それはもう、人間でも、女でもないのかもしれない。いや、わたしなんて、初めから、人間ですらなかったのだから。


作品名:千年生きる 作家名:山田