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Not too bad morning

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            Not too bad morning






 柔らかな声で目が覚める。
薄暗い、あまり広くはない室内。
声はバスルームから聞こえるので、自分に向けられた言葉ではない。
「んなこと言って、また寝ちまうんじゃねぇの」
甘ったるい声だ、と赤林は思う。
ベッドの中で囁かれるその声が好きだったが、自分以外に向けられたものだと、途端に苛立ちに変わる。
「おお、じゃ、また後でな」
下だけ履いた格好で、声の主がバスルームから出てくるのを赤林は上体を起こして迎える。
「部下にモーニングコールかい。甘やかしすぎだねぇ」
「あれ。起きたんだ」
頭にかぶせていたバスタオルを肩にずらして、トムがベッドを向く。
眼鏡のない顔は、昨夜から間近で散々見た。
「ベッドに戻れよ、トム。寒いだろ」
「いやです。今日は朝イチだって、ゆうべ言ったでしょ。折角だから朝飯食ってから出ますよ。ここ9時半までだったでしょ、モーニング」
フロントに隣接したラウンジで摂る朝食は、宿泊客には無料で提供されるサービスだった。
「今何時?」
「9時」
「あー。おいちゃんも一緒に食う」
「やめてください、ごはん美味しく食べたいんで」
「かわいくないなぁ」
「もう少し寝てればいいじゃないですか」
「おいちゃん寂しいと死んじゃう生き物なんだよ。添い寝して?」
「何すか、その不気味な甘えモード」
まったく、取りつく島もない。
わしゃわしゃとタオルで髪を拭き、服を身に着けるトムを、赤林は上目遣いに睨む。
「あれ。眼鏡どこやったっけ」
「これじゃないの」
ベッドサイドの棚に、赤林のサングラスと並べて置かれている眼鏡を手に取る。
「あ、ども」
差し出された手に、眼鏡を乗せる代わりに赤林は自分の手を乗せた。
「お手」
「じゃなくて眼鏡」
「えい」
手首をつかんで引き寄せると、うわ、と体勢を崩したトムが倒れ込む。
「あだ」
勢いをつけすぎたせいで、トムの頭が顎にあたった。
「何やってんですか、もう」
「髪、まだちょっと濡れてるよ?」
ぎゅう、と抱き込むと、ホテルに備え付けのシャンプーの匂いがした。
「ドライヤーあてたし、あとは自然乾燥。離してください」
「やだ」
「やだって・・・」
「ひとりでさっぱりしちゃってさ。平和島の坊やに、情事の後のお前さんの顔、見せつけてやりゃいいんだ」
「・・・で、俺は朝飯食い損ねて時間ギリまであんたのお相手してりゃいいんですか」
「そうだよ。なんなら見えるとこに跡つけてやろうか」
襟ぐりに指を引っ掛けてやると、トムはふ、と笑った。
「そんなもんで、あいつの気を惹けたらいいんですけどね」
「・・・何そのどこまでもおいちゃん当て馬的な思考は」
「え、そのつもりなのかと思いました」
「違う!」
がば、と起き上ると、トムはさっと離れて、ついでに眼鏡を取り上げる。
「じゃ、本気で静雄相手に嫉妬してるんですか?あなたが?」
「まさかぁ。俺は、全力でトムを構い倒したいだけー」
「語尾伸ばさないでくださいキモい」
「あーあ。おいちゃん空回りだなぁ。トムの受け流しって見事だね。どこでそんなスキル身に着けちゃったの」
「ほぼ、あなたのせいですよ」
トムは起き上った赤林の肩をついて、枕に押し付けると、身をかがめた。
にぃ、と至近距離でトムが笑った。さっきの電話の時とはまた違う笑みだ。
唇をかすめるような軽いキスに、赤林が反応するよりも早く体を離す。
それから取り返した眼鏡をかける。
「じゃ、朝飯行ってきます」
カードキーを指に挟んで、トムは軽く振ってから部屋を出て行った。

「・・・ 男前になったねぇ」
キーを持って行ったということは、食べ終わったらまた一度は部屋に戻ってくるということだ。
「おいちゃんもしかして、弄ばれちゃってんのかね」
遊んでいるつもりが、遊ばれている。
そしてそれが、不愉快でもない。
赤林はくつくつと笑って、寝起きのシャワーを浴びるためにようやく、ベッドを出た。




作品名:Not too bad morning 作家名:かなや