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secret mind 3

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岸谷新羅は傍観していた。

 しんら。と呼ぶ声がよみがえる。鼓膜に残った声は今でも鮮やかに片隅に残っていた。
 あのときの、臨也の表情が忘れられない。
 普段の彼からは想像できない儚くて美しい笑みを。






 ピンポーン…と来客を知らせる音に扉を開けると、既に常連と化している同窓の男が気だるげに立っていた。
 ファー付きの黒いコートを羽織った彼は「やぁ」と笑いかける。
 その笑みに心底面倒臭そうに応え、扉を完全に開けると、片側の肩に力が入っていないことがわかった。
 そうでなくともコートを始めとした全身土埃やらでボロボロだ。
「またかい、……全く」
「ひどいなぁ。客でしょ俺は。」
 首を竦め肩を押さえながらやってきた彼をいつも通り、迎えた。

 本来の診療室には行かず、リビングのソファに腰かけ力を抜いている折原の肩を検分し、それほど酷くないことを確認する。
 考え事をしながらでも手は勝手に動く。闇医者としてそれなりに知名度を保っているのは、父親の影響も当然あるだろうが新羅自身の腕の確かさを物語っていた。
 幼少の頃から様々な症例に触れてはいたが、実地が飛躍的に伸びたのは、目の前の男ともう一人のせいじゃないだろうか。―高校時代、彼らの専属と言っていいほど看ていた。毎日、毎日どこかしらに傷をつくる彼らを、見ていた。
 それはそのまま彼らの衝突の回数だ。

「―――、一度ちゃんと向き合ってみればいいのに。もう七年だよ、少しぐらい歩み寄れるんじゃないの」
「なんにも考えないで言ってるでしょ新羅。無責任だなぁ」

 それに。と続けた臨也は背中を向けていてどんな表情しているのかわからなかった。
「シズちゃんと会話なんて無理だよ」
 心底うんざりとも、諦念にもさみしくもきこえるその声に、返す言葉をいまだに新羅はもたない。ただ、こうして傷ついた肌に手早くいつもどおりに、一巻き一巻き包帯を巻いていくだけだ。

 やめてほしいとも、いえない。
 そんな次元ではないのだ。うっとおしいし、彼女との時間は邪魔される上、場合によっては部屋が破壊されることもある。新羅は彼女以外に関してはドライであり、容赦もなにもなかったが、けれどどうしても、それだけは口にできなかった。
 きっと、ひとこと言えばおわりだ。
 冗談混じりにしてもきっと、もう二度とこなくなる。
 彼とは他の奴らより付き合いが長いのだ。完全に理解などできるはずもないけれど、けれどこれは直感に近い事実だった。

「はい、終わったよ。あとこれ、抗生剤に痛み止めと胃薬ちゃんと、飲むんだよ」
「ん。」
 かさり、と紙袋を受け取った臨也は、目を伏せる。ふー…と腹の底から細く息を吐き出し、猫背気味に背中を丸めそうすると「ありがと」と、淡く綻ばせた。




「いいのかい?」
 ―――――考えなしに口にした言葉が今でもごろり、と時折胃をざわつかせる。


 その日は、すこしばかり風の強い日だったのを覚えている。
 めずらしく二人だけの屋上で、だからこそ口にだした。
 臨也は頭がいいから、きっとわかっている。主語がなくとも、彼がここにいること。それが答えだ。平和島や門田とでは成り立たないこういった会話を思いのほか新羅は楽しんでもいた。
 フェンスにもたれかかり片眉をあげてみせる。ゆるく弧を描く唇に、切れ長の瞳。さらさらなびく黒髪に、遠くを見つめる赤はフェンスの向こうを見つめていた。眉目秀麗を象った彼だが、普段は躍動的に輝く表情がこうして殊更造り物めいて見えるときはきまって―――…

「今朝ねぇ、お呼び出しかかったみたいだよ」
 表情はそのままに、あくまでいつものように楽しげに話す臨也は「E組の子だよ、控えめでおとなしいけど結構人気あるみたい」などとぽつぽつと零し、いつものように冗長なそれではなく、一人言のように続ける。
「調べたのかい、わざわざ?」
「まさか! 女の子の情報網ってこわいよね」
 聞いてもいないのに親切に教えてくれたよ、と。宙に視線を投げる様を見てふと、…聞きたくなかったのだろうか、と思った。
 そしてそれをそのまま口に出していた。
 先程と同じ言葉で、今度は違うニュアンスを込めて。
「臨也は――――…」
 ―「何を」、とつけない問いを。

 フェンスの向こうを見つめていた臨也がこちらに向き直る。
 その一瞬のぞかせた無垢な表情に心臓が引き絞られる感覚がした。
「なにが?」
 普段となにひとつかわらない周囲を魅了し、見る者によっては酷薄にみえる笑みを浮かべた。
 ただそれに黙って見つめ返すと、困ったように眉をよせて息を零す。その仕草に言いようのない焦燥感にかきたてられた。まだ癒えていない傷口に爪をたてるような、そんな行為だったのではないか。何を言おうというわけでもなくただ口を開いた時には名前を呼ばれていた。
「おれはね、」
 と、一語一語説くようにゆっくり動く唇、透明な瞳が自分をうつす。
「しってるんだよ。」
 答える声はひどくやわらかくて、そんな彼を前に表情を変えまいとそこに佇むのが精一杯だった――








 重く沈みこむ思考の波を振り切り重い息を吐くと立ち上がった。
 よいしょと、思わず出てしまったことに一人苦笑する。
 ―――ああ、ほんとうに、もう、重たいなぁ。
 スリッパをずるずる音をたてながら玄関まで向かうと予想通りの姿。

「やぁ、いらっしゃい」
 またひどくやったものだね。君自身は大した傷ではなさそうだけれど、本当一回解剖させてくれないかな。
 ―――あぁ、待って待って! 嘘だよ。
 いつも通り殺気だった彼に誠心誠意(土下座という名の)詫びをして、本日二度目のやりとりを繰り返した。
「まぁ、入りなよ」



 岸谷新羅は傍観していた。
 傍観していた彼は、二人を受け入れた。



(あぁ、セルティ はやくきみに あいたいよ)


作品名:secret mind 3 作家名:鏡 花