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真贋の境界線

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偽ジャック事件のあと、ジャックVS偽ジャックのデュエルの現場に居合わせた遊星やクロウ、風間が撮影した映像を元に、一連の事件の捜査は続いていた。
しかし、ゴースト事件同様に物的証拠がほとんど残っておらず、治安維持局もお手上げ状態。捜査といっても既存の少ない資料を洗い直すことしか出来ないでいた。

『アブソリュート・パワー・フォース!』

捜査局の一室に、偽物のジャックの猛々しい声がこだまする。
静かな捜査室で聞けば機械音のようなノイズにも容易に気が付けるのだが、D・ホイール駆動音や風の音で聴力が低下するライディングデュエル中では本物のジャックの声と聞き間違えるのも頷ける、と、捜査課長として部屋の片隅に立っていた狭霧は強く思った。
長い間ジャックの秘書として仕えてきた彼女ですらそう思うのだ。まして、TVの中の"キング・ジャック・アトラス"しか知らない一般のD・ホイーラーが本物だと思い込むのは最早必然といえた。

「デュエルを洗い直してみても、事件の証拠にはならなさそうですね……」

難しそうな顔で捜査室の大モニターを見上げていた風間が、疲れたようなため息をつく。

「偽物のホイール・オブ・フォーチュンの断片とか、カードの1枚でも見つかれば話は早いんですが」
「ええ……そうね……」

狭霧も合わせてため息をついた。
物的証拠が上がらないことなど百も承知だ。何せ風間の目の前で、偽ジャック本人や所持品は全て消滅してしまったのだ。風間が嘘をつくような男でないことは捜査本部の誰もが知っているし、彼のDホイールに搭載されていた車載カメラにも、物質が光の粒となって消えるという非科学的な現象がしっかりと記録されていた。「証拠が無い」ということの証拠だけしか残っていないなんて、ひどい皮肉だ。

「……そろそろ定時ね。今日の捜査はここまでにしましょう」
「分かりました」

狭霧の言葉を聞き、捜査官たちが疲労困憊と言った様子で次々と席を立つ。朝から、いや、数日前から、ずっと進まない捜査を続けているのだ。精神的に参ってきている者も多いだろう。
捜査に自ら参入してきた風間も流石に疲れを隠せないようで、「それでは、自分も失礼します」と小さく挨拶をして、他の捜査官に続いて退室していった。


ものの数分もしないうちに、部屋には狭霧一人が残された。

メインの照明が落とされて薄暗くなった部屋に、カチ、というクリック音が妙に大きく響く。それに合わせて、捜査室自慢の大モニターに再び偽ジャックの姿が映し出された。

『孤高であることこそが!全ての頂点に立つということだ!!』

少し色味の違うホイール・オブ・フォーチュンの上で誇らしげに胸を張り、偽ジャックが叫ぶ。
いったい何度、この映像を見ただろうか。捜査のためだけではない。狭霧はこうして捜査終了後も1人、繰り返し見ていた。―――かつてのジャックの幻影を追い求めるように。

『さあ、このキングを楽しませてくれ!憐れな道化よ!』

この覇気。後ろに控えるレッド・デーモンズ・ドラゴンの勇猛な姿にも劣らぬ、"キング"の体躯から放たれるカリスマ。
最早狭霧の目には、偽物の機械人形の姿は映っていなかった。2年間付き従い、支え続けた誇り高きデュエルキング―――以前のジャック・アトラスが、このネオ童実野シティに舞い戻ってきたように思えてならなかったのだ。
液晶の中、カードを華麗に操る偽ジャックの立ち振る舞いに、狭霧の心は大きく揺れていた。キングとして君臨していた彼。恋焦がれ、追い続けていた彼。しかし、彼はいなくなってしまったのだ。

『……俺はもう、キングではない』

狭霧の求めていたジャックは知らない間に変わってしまった。衝撃だった。まるで別人のように物腰の柔らかくなった彼は、キングとしてではなくジャック・アトラスとして人生を歩むと宣言した。
つまりは、もう2度とあの頃の彼が戻ることはない。この世界のどこにも"孤高の王者 ジャック・アトラス"はいないのだ。

『攻撃を受ける度に衰えていくそのレッドデーモンズこそ、爪を失い、牙を失い、闘争本能すら失った、まさに現在の貴様自身の象徴!』

偽ジャックは叫ぶ。現在のジャックはそれに、「違う」と答えた。
しかし、狭霧は心の内で密かに思っていた―――偽ジャックの言うことこそ、正しいことなのではないかと。
本物と偽物。遊星たちや風間にとっては、現在のジャックこそ"本物"なのだろう。だが狭霧にとっては違っていた。心にぽっかりと空いた大きな穴。それを埋めるように仕事の鬼となっていた所へ、突如現れた"以前のジャック"。

……2人のジャックのうち、どちらが偽物のジャックなのか。
本物は"キング"である方のジャックなのだと、思いたかった。

だが、傍若無人な行動を繰り返す機械の人形に想いを寄せることなど、特別捜査課長として許されることではなかった。あの偽のジャックはゴーストと同じ類のもので、何人もの市民が被害にあっている。いち捜査官として、その存在を見過ごすわけにはいかなかった。

――――それでも。

「キング……」

もう一度会いたい。側にいたい。そう思うのは、罪だろうか。

『光を惑わす悪しき幻影よ!時の狭間に……』

セイヴァー・デモン・ドラゴンを召喚し、救世の光に包まれるジャック。その手が振りかざされたところで映像は止まった。
あと数秒もしないうちに"キング"の敗北する瞬間が訪れる。捜査中は仕方なく見ているが、個人的なこの時間では決着のつくシーンまで再生していた試しがない。ビデオが終わりに近づくと、手が勝手に映像を停止させてしまう。
捜査官としての自分と、狭霧深影としての自分。2つの感情の間で揺れ動き続けるうちは、あのデュエルを最後まで見届けることは出来ないだろう。
システムの電源を落とすその手は、震えていた。
何かから目を背けるように、机の上に散らばっていた書類を手早く回収する。今日の結果をまとめて上に報告書を提出しなければ。再び捜査官としての立場へ戻った彼女はただ黙々と、紙をファイルへ束ねていった。

部屋を出る直前、狭霧は振り返った。
先程まで"キング"が大暴れしていたモニターは、不気味なくらい闇に沈んでいる。

「また、明日……」

バタン。
重苦しく扉の音が反響する部屋。明日も狭霧は、ここへ来る。
作品名:真贋の境界線 作家名:せん