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前世を言い出すのは駄目だよ。

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延々とプリントを捲っていた。

部活やってないなら時間あるよね、と言われて連れて来られた会議室。
放課後の静けさに、ときおり部活をする生徒の声がぼんやり聞こえる。
長机の上に三十ほど置かれたプリントの山。
それらをひたすらに一枚ずつ拾い、ステープラーで小冊子に仕立てる。
明日の学年集会で配布するのだという。
つまり、学年一つの人数分、ぐるぐると長机に沿って回るのだ。
一年生の自分が、三年生の受験対策集会のためのプリントを。
深く溜息を吐いたのを聞いた担任が、取り繕って慌てて言う。
「や、一人でじゃないよ?隣のクラスからも誰か来るって直江先生言ってたから、安心して!ね?」
桜の散った春だというのに、担任になった前田慶次は花が綻ぶような笑顔で、頼んだよ!と出て行った。
別に人が増えようが時間が費やされようがどうでもいい。
寧ろ見知らぬ他人が来るというなら、それまでに終わらせたいくらいだ。
人付き合いはどちらかといえば煩わしい。
ただ、静かな会議室は気分が鬱々としてくる。
だからポケットから携帯とイヤホンを取り出して、音楽を聴きながら作業に没頭した。

ガチャリ。
ドアが開く音と足音が不協和音になって耳に入る。
一人のようだ。作業するように、隣のクラスから言われた誰かが来たのだろう。
「全部一枚ずつ捲って小冊子にしてってさ。できたのは、最後にある段ボールに入れて。」
以上、と取り付く島も無いような素っ気無さで言って、作業を続ける。
佐助はこの年頃に珍しくも無い、自己完結型の人間として周囲に見られている。
聞けば雰囲気からそうなのだとかで、友人の中にもその静寂を大事にしようと慮るタイプの人間がいる。
普通の人間なら顔も見ずに作業に勤しむ姿を見て、そういう態度に当たらず触らずするところだ。
が、つかつかと入室者は佐助に寄ってきて、何をするかと思えばイヤホンを引っこ抜いた。
耳から。それから、コードを辿って胸ポケットの携帯からも。
唖然とした。
傍若無人な行動よりも、眼にした顔を確認して。
「あ。知ってる。」
思わず零れた声に我に返った。
今のは言っていいことじゃない。
「いいモン聴いてるじゃねえか。独り占めはいけねえな? You See?」
携帯からは軽快な音楽が流れている。
ロック寄りの早いビート。メロディラインはピアノだが、他の音が合いの手のように入るのでそうと感じさせない。
「隣のクラスの伊達だ。知ってるみてえだが、級長やってる。で、お前の名前は?」
にやり、と悪辣にしか見えない笑顔で問いただした伊達サンは、古い記憶など持っていないようだった。
その方が健全だ。羨ましいくらい。けど、それでも性格は記憶と一緒ってどうなんだろうと俺様は嘆息した。
「・・・猿飛佐助。何、あんた部活やってないんだ?意外だね。」
「A―・・・ちょっとな。コイツのおかげで試合に出られないってんで、なら参加する意味もねえからよ。」
とんとん、と軽く自分の右目、アイパッチを叩いて苦笑した。
「そりゃ難儀だね。勿体無い。強そーなのにね、アンタ。」
「ああ、強いぜ?どうして分かる?」
「んー、背筋とか足取りとか?ほっそいのに鍛錬した感じの筋肉つけてるからさ。」
「ふうん?アタリか。」
「へ?」
「いや、噂があってよ。シメようとしても取引を持ちかけてくるからシメられない情報屋みたいなヤツがいるってよ。お前のことだろ?」
「・・・確信しといてよく言うね。悪趣味。」
「Ha! 面と向かってこのオレに趣味が悪いとはよく言ったな!」
「悪いでしょ、実際。その男言葉だけでもさ。」
「似合ってるだろ?そういうのは悪趣味とは言わねえ。」
「どーだか。それより作業しようよ、とっとと帰りたいんだよね、俺様。」
「ハッ。同感だ。」
思わぬところで接触しちゃったなあ、と内心で溜息を吐いた。
隣のクラスに、伊達政宗の転生した人が、それも女の子としていることは知っていた。
四国の旦那がいるのも、毛利元就がいるのも、他も、もちろん把握済みだ。
ただ、今生は今生だからと積極的に関わらないでいた。
が、情報は嫌でも入っていた。
何しろ、隣は学級崩壊が著しいクラスとして有名だったからだ。
一口で言えば個性の強い生徒が集まっていた。
そこに自分の個性を押し付けるタイプの担任がついたのだから騒動あって然りだ。
しかも担任は、あの、直江兼続が転生した人だった。
どうやら昔の記憶はあるらしくて、口ばかりで無能な担任が、能力のある級長に理不尽な嫌がらせのようなことをすると生徒側で問題になってた。
当然、群雄割拠の生徒側と担任で激しい軋轢が生じている。
5月の今でそうなのだから、この一年でどうなるのか、注目を集めている。
「・・・おい、猿飛。」
思考に耽りながら作業をしていた手を止めた。
「何?」
振り返れば、伊達サンは淡々と作業を続けている。
大したことではないらしいので、俺様も作業を続ける。
「この、BGMだけどよ?これ、どうした?」
「ん?市販のCDのだけど、どうかした?」
携帯からは相変わらず明るい音が零れている。
「・・・いや、明日で良いから、貸してくれねえか?」
「・・・は?」
「いや、その、気に入っちまったんで。」
俺様はもう一度、手を止めて伊達サンを振り返った。
で、噴出して笑った。
「何で、そんな照れてるの!!」
「Damn it !初対面の人間に頼むことじゃねえってのは分かってんだよ!!でも気になるだろ!これ、やっと元ネタ分かったけど、ベートーベンの運命じゃねえかっ?!」
「あー、うん、これは分かりやすいよね。ボサノヴァっぽいけど。」
「今までのも全部、そうなのか?」
「うん、クラシックの有名どころ。」
「随分Coolなアレンジじゃねえか。」
「ま、いっか。貸してあげる。アンタに貸し作っとくとお得そうだし。」
カラカラ笑って承諾すれば、伊達サンは苦々しい顔をしていた。
俺様はとっても気分が良くなって、にんまりと笑みを深めた。

翌日。
約束のCDを貸しに行ったら、嫌がらせのように伊達サンから別のCDを押し付けられた。
「・・・こんなのあるんだ・・・。」
「一方的に借りるのも悪いからな。」
ニタリと西洋の童話に出てくる悪い竜みたいな笑み。
貸しを作るなんて真っ平だと言わんばかりの顔に、既視感。
手に押し付けられたCDには、『越天楽』とか『青海波』とかプリントされている。雅楽だ・・・。
「宮内庁との付き合いで買ったんだよ。まだあるぜ?」
突っ込みどころがありすぎて、何も言えない。
こんなのコンプから流した日には、家が元旦の神社にでもなってしまいそうだ。
「なんだー、伊達ってば新しい友達にそんなの貸しちゃうの?嫌がらせじゃん。毛利なら喜びそうだけど。もしかして、そっちもソウイウ趣味?」
ひょこり、と伊達サンの後ろから白髪と左目だけが赤い、オッドアイの女の子が覗き込んでとんでもない容疑をかけている。こっちも知った顔。
勢い、首を振って否定した。
「いや、基本あんまり気にしないけど、これはナイわ。」
「だよねー。」
今度借りるときはユーカラ貸してやるよ、とそれは楽しそうに笑う伊達ちゃんに、俺様北海道出身じゃないよ、と呟きガックリ肩を落とした。