カウントダウンの夜に
カウントダウンの夜に
「生きた心地がしない」とは、きっとこういう状況なのだろう。
新年まで残るところあと少し。
年の瀬の押し迫ったドン・ボンゴレ執務室。
そのソファの上で正座しながら、ツナヨシは考えた。
彼女の前には、互いに火花を散らして睨み合う二人の男。
向かって右に目をやれば、黒髪に特徴的な髪飾り、古傷の散らばる褐色の肌、真紅の双眸に、不機嫌を刻み込んだ眉間の皺。長い足をドカリとテーブルに乗っけて、非常におっかない顔をしたザンザスの姿がある。
対して左に目をやれば、漆黒の髪に、闇を凍らせたかのような双黒の眼、透けるような白い肌、たえず微笑を浮かべる口元、しなやかな体躯にダークスーツを着込んで、優雅に足を組むリボーンの姿。指先にカメレオンを遊ばせたリボーンは薄い笑みを浮かべてはいるものの、彼が発する空気は限りなく絶対零度である。どう見ても機嫌は最悪のようだ。
かくして静かに、けれどもただならぬ殺気を込めて睨み合うザンザスとリボーンに挟まれて、先ほどからツナヨシはダラダラとイヤな汗をかいている。
(なんでオレがこんな目に・・・)
世の無常を嘆いたツナヨシは、そもそもの元凶に目を向ける。
テーブルの上に広げられた二つの箱。
華麗な装飾が施された、いかにもプレゼントな箱である。
その一つには白いドレスが、そしてもう一つには黒いドレスが入っていた。
なぜこんなものが鎮座ましましているのかというと。
時をしばし遡り、事の起こりは一時間ほど前のこと。
今日も今日とて机に山と積みあげられた大量の書類をさばくツナヨシの元に、毎度のことながらアポなしで最強の家庭教師が強襲した。
「ツナ、いいもん持ってきてやったぞ!」
ドバンと扉を開け放ち、リボーンはご機嫌に言い放つ。
「な、リボーン!また勝手に忍び込んだな!」
唐突に現れたリボーンに、ツナヨシはがたりとオフィスチェアから立ち上がった。
とその瞬間、ツナヨシの背後、今度はバルコニー側の窓を蹴破って暗殺部隊の隊長サマの襲来だ。
「おい!ツナヨシ、今夜のパーティーには・・・」
「なぁ!?ザンザス、窓壊すなっていつも言ってるだろ!!」
ツナヨシの小言など聞くはずもなく、彼らは互いに天敵の姿を視認すると、ハタリと停止することしばし。
そして、無言で武器を手にすると、問答無用で引き金を引いたのだった。
「だぁぁぁ!執務室では戦闘禁止!!」
両頬を掠めた銃弾に青ざめながらも、慌てて止めに入ったツナヨシに「ちっ」と不遜な舌打ちが二つ。しぶしぶ武器をおさめた彼らはドカリと応接用のソファに腰を下ろしたのだった。
リボーンとザンザス、この二人は非常に仲が悪い。
いや、仲が悪いなんてもんじゃない。常日頃から極力顔を合わさぬように行動し(仮に顔を合わせても視線を合わせることはなく、互いに視界に入れないよう行動する徹底ぶりだ)、口を開こうものなら嫌味と皮肉の応酬、機嫌が悪ければ即座に戦闘突入という、まさに水と油、お風呂場の塩素系漂白剤と酸性洗剤、ボンゴレ最凶最悪の『混ぜるな危険』なのだ。
たいてい互いの気配を察知しては避けているらしいのだが、今回ばかりは執務室に入る直前まで、気配を殺していたことが仇になった。なにせ、どちらもそういったスキルは超一流なのだ。
(・・・まったく)
物騒極まりないやりとりに、ツナヨシは深いため息をつく。
(でも、何でなんだろ?一応ザンザスは九代目の養子だし、リボーンも九代目に仕えていたのだ。九代目が信頼を寄せる二人は以前から顔を合わせていたはずである。なのに仲が悪い・・・謎だ)
うーむと首をかしげて悩むツナヨシだが、その原因が『何』にあるのか。気付くようなら苦労はしない。相変わらずある方面では極度に『鈍い』ツナヨシなのだった。
ともあれ。
こうしてリボーンとザンザスが執務室に持ち込んだ物。それが先のドレスである。
――――何故ドレスかというと。
ボンゴレでは毎年カウントダウンにあわせて、慰労の意味をこめた内々のパーティーが行われる。12月31日から1月1日にかけて丸々一日、飲み放題、食べ放題、バトルし放題(ツナヨシは禁止令を出しているが、実際に守られた例しはない)の無礼講・大パーティーである。要するに忘年会と新年会をまとめてやってしまおうという狙いだ。
そのパーティーでツナヨシが着る衣装を彼らは持ってきたのだった。
ザンザスが持ってきたのは、白のデザインドレス。膝丈のワンピーススタイルで、フリルとかレースといった可憐な装飾が過剰すぎず、センスよく取り込まれている。
対して、リボーンが持ってきたのは黒の大胆なカットドレスだ。背中は大きく開いているし、足元もきわどい位置までスリットが入っている。
どちらのドレスも高級品なことは一目でわかるし、センスも素晴らしくいい。
問題なのは、持ちこんで来た二人なワケで。
「で、どっちを選ぶんだ?ツナ」
「あ、う、いや、パーティーにはいつものスーツで出席しようかと・・・」
「は、ただでさえ貧相なヤツが何言ってやがる。せめて服ぐらい良いのを着ろ」
「あは、は。じゃあ、黒はあんまし似合わないし、こっちの白いのを・・・」
大胆すぎるデザインに気後れして、ザンザスのドレスへそろそろと手を伸ばすと、
――――――ガチャ。
身になじみすぎる懐かしい音。いつの間に取り出したのか、リボーンは愛用の銃をツナヨシの額に突きつけて、ニッコリと微笑む。
「ツナ、まさかオレの見立てが気に入らないと?」
「ひぃ!滅相もないデス。じゃ、靴はリボーンのを・・・」
フリーズした手を今度はリボーンが用意した靴へ向ければ、
―――――――ゴゥ。
これまた身になじみすぎている熱気がツナヨシの髪をなぶる。炎に照らされたザンザスは地獄の使者のごとき声で低く囁く。
「てめぇ、オレのコーディネートにケチつける気か?あぁ?」
「いえ、トンデモアリマセンデス・・・」
一体どうしろと言うのだ。
彼らの視線を可視化できるのならば、確実に核融合クラスの爆発が起こっているに違いない。険悪すぎるにもほどがある。
「ちっ。いい加減、うぜぇな」
「てめぇ、セルフでかっ消えろ」
ビリビリと睨み合う二人の殺気に部屋中が振動する。
彼らに挟まれたツナヨシの背筋を、イヤーな汗がツツと流れる。
「あのー、二人とも?ね、ここはひとつ穏便に。話し合いで・・・」
「・・・ちょうどいい、今年最後の大掃除といくか」
「・・・ツナヨシ、過去を一つ清算してやんぜ」
「や、ちょ、何言ってんの!!
まさか・・・や、やめてぇえええーーーーー」
ツナヨシの制止も空しく、イタリアマフィア界にその名を轟かせる最凶の暗殺者と殺し屋が激突したのだった。
豪快に(それこそ室内だっての!)放たれる紅蓮の炎に、銃弾にあるまじき威力を持つ特殊弾がぶつかって、衝撃にローテーブルは粉々、ソファーセットはぶっ飛び、ガラス窓は砕け散る。
ぶつかり合う直前に「邪魔だ」とばかりに、リボーンに首根っこをつかまれ、部屋の隅に投げ飛ばされたツナヨシは、壁にぶつかり強かに背中を打って咳き込んだ。
「っ、ごほ」
目の前には見る見る内に瓦礫の山と化していく、元ドン・ボンゴレ執務室。
後処理を想像するだけで、頭の痛くなる光景だ。
作品名:カウントダウンの夜に 作家名:きみこいし