一生一緒、でありますように。
ガラス越しのその景色に、臨也は我知らず溜息を吐いた。
ニュースの司会者曰く、年末年始は酷い寒波が来ているだとか。
何も最後の最後まで降らなくても、というか温暖化は何処にいったんだ。
誰が答えるわけでもない疑問を胸中で吐き出すと、臨也はその端整な顔に不機嫌さを露にする。
だがそれも、「臨也さん、」という耳に馴染んだ子供の声によって消されてしまったが。
振り返ったその先、濡れたような漆黒の髪に青みがかった双眸。
今年一年で最も折原臨也を変化させた子供が、小首を傾げている。
そんな姿を認めて臨也はふっと笑みを漏らすと、完全に向き直って帝人と視線を合わせた。
「お、帝人君。どうかした?」
「いえ…臨也さんこそ、どうしたんですか。そんな外なんか眺めて…」
らしくないですよ、と子供がくすくす笑うと臨也はむっと眉を寄せる。
そしてするりと白い頬に手を添えると、こつんと額同士を合わせてにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「言うねぇ帝人君も、そんなに今年最後の意地悪されたいのかな」
「うーん、それは困ります」
ふにゃりと幼い笑みを浮かべて、帝人は臨也の手に自身のそれを添える。
まるで幼子のように暖かな温度を持つ彼に、臨也は我知らず安堵した。
今年一番の己の変化。
"人間"というカテゴリーを愛していた自分が、"竜ヶ峰帝人"という個を愛した。
趣味や興味の延長線上だと思っていたが、いつの間にか彼自身が全ての中心となっていた。
勿論、人間愛をやめたわけではない。
しかし人間か彼、どちらかを選べと言うのなら、迷うことなく彼を選ぶ。
いや、人間と比べることすら愚かだとさえ思える
彼を守る為なら、俺の命だって捨てたって構わない。
それほどまでに、彼は、帝人君は、俺の絶対で全てだった。
「……臨也さん、」
黙り込んでしまった臨也を不思議に思ったのか、帝人がきょとと見上げてくる。
何も返さない臨也に帝人は暫く考え込む素振りを見せると、添えていた手をそっと離し、臨也の頭にぽすんとのせた。
「……帝人、君?」
「何だか本当、今日はらしくないですよ」
一年の最後だからですか?
そっと髪を撫でながら、臨也の双眸を覗き込み訊ねる。
その手つきも、声も、温度も、全て何処までも優しい。
臨也は何だか泣きたい心地になりながら、それでも優しく笑った。
臨也を知る人間が見たなら、「本当にあの折原臨也か?」と疑いたくなるような、そんな笑みだった。
酷く優しげで、暖かく、柔らかい笑みだった。
今年一番の己の変化。
"人間"というカテゴリーを愛していた自分が、"竜ヶ峰帝人"という個を愛した。
趣味や興味の延長線上だと思っていたが、いつの間にか彼自身が全ての中心となっていた。
誰かと一緒にいることで、こんなに穏やかな気持ちになれたのは初めてだった。
嬉しいと思えたのは初めてだった。
誰かの笑顔を、声を、温度を、大切だと思えたのも、
これからもずっと、ずっと、一緒でありたいと、馬鹿みたいに願ったのも。
何もかも初めてだった。
「俺さ、帝人君に出会えて本当に良かったよ」
「……何ですか、唐突ですね」
「その声は疑ってる?本当なんだけどなぁ、」
けらけらと軽く笑うと、そっと細い身体を正面から抱きしめる
本当に細い、もっと太らなきゃ駄目だよ?
そんなことを呟くと、帝人は「煩いです」と言いながらも、臨也の背中に手を回して抱き返す。
その行動すらも愛しくて、抱きしめる力が強くなってしまった。
「…僕も、」
「うん?」
「僕も、臨也さんに出会えて……本当に良かったと思ってます」
だから、来年もよろしくお願いしますね。
そんな声とともに己の唇に触れたのは優しい熱。
ふと気付いた時には、臨也の腕の中に前に真っ赤な顔をした帝人がいて。
「みか…ど、くん?」
「…何ですか」
「ありがとうね。俺こそ、来年もよろしく」
人間を愛していた。
でも個を愛した。
戸惑わなかったわけではない、勘違いだと思い込もうともした。
でも、どうでもいいや。
この笑顔も、声も、温度も、大切だと思うのは本物なのだから。
「ずっとずっと、大好きだよ」
そんな気持ちをたくさん閉じ込めて、帝人の小さな口にキスを落とした。
一生一緒、でありますように。
(何もなくなさないように、ずっと抱きしめていよう)
作品名:一生一緒、でありますように。 作家名:朱紅(氷刹)