指先にチョコレート
不意に聞こえるユアンの声にショーンはびくりと思わず驚いたように肩を上げる。
口中に広がるのは甘い甘いチョコの味。
「何食べてんのー?」
一人撮影所の端で出番を待ちながら椅子に腰掛けていたショーンへと興味深そうに近付いたユアンに、きまり悪そうにショーンは小さく笑い、食べていたのを隠すようにチョコを膝の上へと置き、両手を重ねる。
「ユアン、撮影は…?」
吃驚した、と何時の間にか目の前に立っていたユアンに問い掛ければ、ユアンは隠すように両手を膝に置いたショーンに一瞬眉を顰めながらも、にこりとどこか楽しげに笑う。
「俺の分は取り敢えず終わり、今スカーレット撮ってる」
ほら、と現場を指すように視線を向けるユアンに連れられるようにショーンも視線を向け、あぁ、と見える撮影風景に声を上げれば、空いていた隣のパイプ椅子へとユアンが腰掛け、で、と話題を戻すようにショーンの手元を覗き込む。
「何食べてた、……チョコ?」
くん、と甘い匂いを嗅ぐように鼻を鳴らしたユアンにショーンは肩を竦め、思わず隠してしまっていた膝上のチョコをユアンへと見せる。
「いいなー、一口頂戴?」
美味しそう、とどこか幼い口調で告げられ、ショーンはエコーの格好をしたままのユアンに笑う。
「どうぞ?」
はい、と箱ごと差し出せばユアンはにこりと楽しげな笑みを顔いっぱいに浮かべ、「あーん」と大きく口を開ける。
餌を待つ雛のようなその仕草にショーンは驚いたように思わず黙り込んでしまえば、だって、とユアンは子供じみた口調で続ける。
「俺まだ撮影残ってるし、手で食べたら洗わないといけないじゃん」
だから食べさせて、と口を開けるユアンにショーンはどこか嫌そうな声を上げる。
「別にこれぐらい大丈夫だろ」
「じゃあそれで衣装さんに怒られたらショーンの所為、って言うね」
ショーンが食べさせてくれなかったから、って言うよ、と意地悪そうに笑うユアンにショーンは眉を顰める。
「……ガキか」
「エコーですから」
にこりと即答され、ショーンは一瞬驚いた表情を浮かべた後、ぷっ、と楽しげに吹き出す。
「エコーだもんな」
仕方ないか、と毒気の抜かれたように笑い、チョコレートを一つ手に取ると、ほら、とユアンへと見せる。
「あーん」
子供を相手にするかのように声を上げ、ユアンの口元へとチョコレートを運べば、ユアンは楽しげな表情を浮かべ、あーん、と口を開け運ばれるのを待つ。
くすくすとユアンの姿にショーンは思わず笑ってしまいながらチョコレートをユアンの舌先へと乗せようとすれば、熱い舌先がショーンの指先に触れ、ショーンは掴んでいたチョコレートをユアンの口内へと落とす。
「――っ、」
びくりと舌先に触れられる指先に肩を上げれば、爪先に軽く歯を立てられ、「ユアン!」と思わずショーンは声を上げるが、ユアンは人の悪い笑みを浮かべ、ショーンの手首を逃げられないように掴んでしまう。
引き摺られるようにユアンの口内へと指が誘われ、ねとりとした感覚が指先を襲う。
くちゅ、と小さな音が耳に届き、ショーンはじわりと広がる熱に恐怖を覚える。
「ユアン、離せっ…!」
騒げば周囲の視線を集めてしまう事など簡単に予想出来、あまり声を荒げないようにショーンは必死に感情を押さえ込み、じりじりとユアンから逃げるように椅子ごと少しずつ後ずさる。
「頼むから…っ!」
どこか弱々しい声でユアンの名前を呼び懇願するショーンにユアンは仕方ないなとばかりに肩を竦めると、漸くショーンの指先を口内から引き出す。
「ご馳走様でした」
口角を指先で撫で、にやりと楽しげに笑うユアンにショーンは言葉を失う。
「美味しかったよ」
ちらりとショーンの膝上へと置かれたままのチョコの箱へと視線を向け、わざとらしく指先にキスをするユアンにショーンは「ユアン!」と思わず声を荒げれば、何事かとばかりにスタッフの視線が集まり、ショーンは気恥ずかしさに黙り込み俯いてしまう。
くすくすと楽しげな笑い声が耳に届き、ショーンは不機嫌な眉を眉間に作るが、ユアンは全く気にする様子もなく、ただにこにこと面白がるように笑うばかりで。
「あとで俺が貰ったチョコ要る?」
「要らない」
ユアンの申し出に即答すれば、残念、とユアンはどこかつまらなそうに小さく呟き、笑った。