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スノーホワイト

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そういや、もう冬なんだな、と。空中から舞い降りる白く細かな粒達を髪や頬に受けながら思う。
曇り空かと見上げてみれば、斑に雲が移動して落陽らしき赤い光が朧に透けていた。
仕事が早くに終わり、先ほどトムさんと別れたばかり。完全に日が暮れれば寒さはさらに厳しいものになるだろう。
路地裏で咥えたタバコもあと少しで燃え尽きる。壁にじりと擦り付けて火を消すと、吸殻を携帯灰皿へ仕舞って路地奥に放り投げておいた男の元へ歩み寄った。
乱雑に積まれたガラクタにもたれかかり、仰向けに伸びている男の前でしゃがみ込むと、その頭を鷲掴みにして揺すってみる。
「クソノミ蟲。いつまで寝た振りしてるつもりだ?」
うっすらと髪や睫毛に雪を纏って、ぴくりとも動かなかった臨也がぱちりと目を開いて哂った。
「ちぇ、このまま放置して帰ってくれるかと思ったんだけどなあ」
苛つき任せに掴んでいた頭を強めに壁にぶつけると、がはっと呻いて頭を抱えた臨也に重ねて言う。
「俺はいつも、いつも言ってるよな。池袋にくんなってよお。手前がうろちょろしてると、おちおち煙草も吸えねえ位辺りがきな臭くなりやがる」
額辺りが切れたのだろう。肌を、髪を伝う赤が頬を染め、まるで涙のようにぱたりと地に落ちた。意思とは裏腹に掌に血が馴染むのも構わず、べったりと臨也の頬を撫でた。
視点の定まらない紅い瞳が、それでも訝しげに俺を捕らえようとしているのを見て堪らなくなる。


――喰いてぇ……。


そう、俺は時折、臨也を喰いたくなる衝動に襲われることがあった。食欲的なそれなのか、性的なそれなのか、いまいち判別できない混沌とした欲。
臨也を初めて見たときに既に感じていた衝動は、即座に満たされることもないと分かっていたからこそ、あの時「気にくわねぇ」と言葉にしてしまった。
叶わない欲望ばかり刺激するこの男が傍に来る度に苛立ちの塊が消化しきれずに暴力になる。
いっそ思うさまに喰い散らかしてやろうかと、眩むような一瞬の躊躇いが、ぷつりぷつりと細い理性の繊維を裁ちつつある現状すら気にくわない。
「気持ち悪い」
力が抜けた体をずるりと傾いだ臨也が、俺の掌に頭を委ねたままに目を閉じた。無防備なその様。
「気持ち悪いよ、シズちゃん。その眼がさ、何を言いたいのか俺にはよくわからない」
白い呼気を伴う言葉がふわふわと冷たい空気に紛れて消える。ふるりと身震いした臨也がゆっくりと力を取り戻し、そっと身を起こす。血で貼り付けられた俺の掌が、剥がれ落ちそうになった瞬間、臨也の手がそれを阻んで掴んだ。ぬかるんだ血の感触と体温を確かめるように掌に頬をすり寄せ、薄ら哂いで臨也が言う。
「言ってみてよ。その眼をしてる時、君は何を考えてるの?」
べりっと音を立てて剥がされた掌から指を捕り、臨也は俺の人差し指でその唇を赤く彩った。黒と白と赤の凶悪なコントラスト、指先に感じた柔らかな挑発。
喰ったら胸につかえて死んでしまう毒林檎だと判りきっている。毒以上に甘美な罪の実を喰らえと、蛇のごとく狡猾な男は誘う。
「わかっていってやがるだろうが、手前は」
何時でも夢想していたように、咽元を噛み切ってやりたかったのに。重ねた唇の錆びた味は、酷く神聖でほんの刹那の至福だった。
深々と積もり始めた雪がお互いの髪に、肩に、遂に肌を滑りながら溶ける。寄り添って交わす口付けの果てに臨也ががくりと膝を落とした。
「ふふっ、あはは。漸く堕ちてきたね。シズちゃん」
見上げてくる臨也の顔は無邪気に微笑んでいた。
作品名:スノーホワイト 作家名:深那