ひとりにひとつの氷菓子
「俺はお前にさびしいという単語なんて、一生あてるまいと思っていたよ、達海」
酷く気の抜けた声で、は、と返される。心の底から理解していない顔で俺を覗き見るその仕草に、本当に自覚はないのだろうと安心した。何でもないと言えば納得しないながらも手元の作業に戻って、がさりがさりと音をたてる。こいつの癖。縦に裂かず横に開く様に袋を開けて、そろりと中の氷菓子を取り出して少し、口の角をあげる。そうして先ず、二本ささった棒を両手で持って真ん中で割るのだ。
きっと今日もその通り、彼の順序を辿るのだろうと見守っていたのに。
「あい、ごとー。はんぶんこ」
二つに割るために作られたその片側を、口にくわえてこちらに差し出して、きた。
一瞬思考が止まる。酷い愉悦が滲んだ瞳を細めて、達海が少し顎を突き出した。ああ、離れていた間に彼の脳味噌は多少溶けてしまったらしい。正気の沙汰という単語が溶かされてしまったのだろう。だって彼はもう三十路も半ばに差し掛かるおっさんなのだ。
こんな計算しつくされた笑みを浮かべるおっさんを、可愛いなどと普通思う筈がないのだ。
「、……ご、と、」
逆端に噛み付いてやるふりで、その無防備な鼻頭に軽く歯を立ててすぐに離れた。自分が思い描いていたシーンとはかけ離れていたのだろう、一瞬見開かれた瞳を小気味よく思って笑えば、逆に不満そうに睨みあげる瞳にざまあみろと思う。
何でもお前の思い描く通りにはならないと、教えてやる。
「…こうせいさんったらヘンタイだわ」
「こういう刺激が好きなんだろう、猛君は」
ばき、と効果音がつきそうな勢いで従来通りに割られたお決まりの氷菓子。不満そうな顔はそのままに、それでも、差し出してくる左手。
次にはこう言うのだろう。はんぶんこ。
ひとりだけのお前ならこんなものは必要がない。ひとりでひとつのそれにすればいいのに。
(俺はお前にさびしいという単語なんて、一生あてるまいと思っていたよ、達海)
これがお前のひとりではない何よりの証、お前は一生無自覚にひとりを見つめ続けるのだろうとそう思ったらこの左手を宙に浮かせているわけにはいかなかった。
作品名:ひとりにひとつの氷菓子 作家名:コウジ