炎獄
眼前に敵が現れたというのにゾーンは動揺ひとつ見せず、青白い機体の上で悠々と構えていた。それは己の力量に自信があるからなのだろう―――"神"と崇められるほどの力を所持しているのだから。
「よくここまで来ましたね、遊星」
歓迎とも挑発とも取れる言葉がノイズ混じりに発せられる。
「……ですが、今からあなたたちと戦うのは私ではありません」
「何?」
ゾーンの言葉と共に暗闇からすらりとした人影が現れた。モーメントエネルギーの淡い光が揺らめきながら照らし出したのは、白いライダースーツに身を包み、こちらへ威風堂々と歩み寄る男の姿。
その美しい金の髪、何物をも射抜く紫紺の瞳――――それは間違いなく、赤き龍の痣で結ばれた掛け替えの無い仲間だった。
「ジャック……!?どうしてジャックが!?」
「待て、遊星。様子がおかしい」
思わず飛び出しそうになった遊星をダークグラスが静止する。よく見ればジャックの目からは生気が失われ、口元は邪な笑みに歪められている。まるで別人のようだ。
「あとは頼みましたよ、ジャック・アトラス」
「フン、俺は貴様の手駒になったつもりはない。好きなように暴れさせてもらう」
紫水晶の瞳が燃え盛る炎のような紅蓮色に輝く。と同時に周囲を囲むように炎が走り、白銀のロングコートの裾がばさばさと音をたてて翻った。背にも火柱が上がり、4枚の翼を形作る。その独特な形状は彼が従えていたスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンに酷似していた。
「不動遊星……あなたとジャックで互いの命を賭けたデュエルを行ってもらいます。あなたが勝利した時には私の手でアーククレイドルを止めて差し上げましょう」
「互いの命を賭ける、だと!?そんなデュエル、受けられるはずがないだろう!」
遊星は怒りに語気を荒らげる。ジャックを今すぐ解放しろ、と続けて叫ぶがゾーンは微動だにしない。代わりに答えたのはジャック自身だった。
「ほう、逃げるのか?貴様がそんな腰抜けだとは思わなかったぞ」
白い指がくるくると動かされると、遊星のデュエルディスクが勝手に反応し、デッキシャッフルを始める。ジャックも待ちかねたようにディスクを起動させた。――――いや、人智を超えた力を操る彼は既に"ジャック"ではなかった。
それがゾーンによるものなのかどうかは分からない。ただ、荒ぶる炎を見て、遊星は1つの可能性を導いていた。ナスカの地で相対した悪魔の力が、ジャックの身体を乗っ取っているのではないか、と。
――ならば、このデュエルで"本当のジャック"を取り戻すしかない。
「……分かった。受けよう、その勝負」
「そう来なくてはな。貴様の魂ごと、燃やし尽くしてくれる!」
炎が床を走り、遊星を取り囲む。退路は絶たれた。
きっと現れるであろう真紅の悪魔龍の姿をジャックに重ねながら、遊星はカードに手をかけた。
(たとえこの身が燃え尽きようとも)